「戻らない」じゃなくて「戻れなかった!!!!」

本日お山の広布推進会に出たのですが…。

先般からの顕正会による日達上人御遷化の誹謗中傷は相当に御宗門を怒らせているようです…。

もう俺は知らねぇ…。

ハッキリ言って修復不可能な線まで行っちゃってますね…。

これは御僧侶方だけではなく信徒さん達にも同じことが言えまして…。既に3日前になりますが友人の法華講員さんが核爆弾のスイッチを押しちゃいまして、Twitter上にミサイルを撃ち込んでしまいました…。

Twitter

ということなのである…。

正本堂から奉安殿に戒壇の大御本尊様が御遷座された後に、実は「宗門復帰を打診」していたというのである。

またこの情報は克衞氏から直接確認されたとのことである。

まさに、

帰りたいのに帰れなかった!のである。

何だかんだとイチャモンをつけて体裁を整えてはいますが、平成10年以降の顕正会はその存在意義はやはり無かったということなのですね。

還御を祝し奉る記念大会

実はこの水面下の交渉を裏付けるかのような出来事は私自身も記憶にあるのです。

この御遷座が行われた後、御遺命守護完結奉告式が5日後に行われたわけですが、それから4か月にわたって本部からは何の音沙汰も無かったのは当時活動家だった人は覚えていらっしゃるでしょうか?

そして8/17(もしかしたら8/18だったかも…)になって突如、ほんとに突然、2週間後の9/2に東京国際フォーラムにて「還御を祝し奉る記念大会」を開催するがゆえ大至急結集をかけろとの号令が上から下ったのです。

普通これだけの大きな大会をやるのに2週間前まで何の音沙汰もないなんてことはありえんでしょ?

この尋常じゃない動きに当時の私は「何かあったのか?」と少し疑問を感じていたわけです。

理事の大石寺訪問

私が疑問を感じるにはまた一つの理由がありました。

実はこの当時の私の地区部長(私は壮年部でした。)は理事も兼務していたのですが、そのS理事は数日前に大石寺に行ってきたというのです。これは合宿時に直接理事の口から出た言葉です。(S元理事は現在98隊の隊長さんですね。娘さんは11区の区長さんである幹部一家です。)

彼を知る人であれば「えっ!?」と思うことでしょう。ガリガリの顕正会幹部であり、かつ浅井さんの神格化路線をけん引していた人物ですから、そのような人が大石寺に足を踏み入れるとは余程のことがあったとしか思えません。

突っ込んで聞くことは出来ない雰囲気でしたので、不思議だとは思いながらもそれらの疑問はそのままにしておいたのですが、今から10数年前に上記の菊水護国さんにこれらの水面下の話を聞いて全てが一本のつながりをもって形となって顕われたわけです…。

上長に確認してみてください!

3日前にこのtweetが流れてから私のところにも新たな情報が寄せられました。

昭和時代から顕正会に籍を置かれていた方もこのころ古参幹部から「宗門に戻れるように先生が動いている」との言葉を聞いていたというのです。

当時の活動家の方々は意外と何らかの形でこのような動きを匂わす幹部たちの言動を見聞きしているのではないでしょうか?

そして、それはそのまま時間と共に忘れさられていたと思いますが…。

あなた方が当時感じた違和感は勘違いなどではなかったのです。

実際にそのような動きがあったからこそ、幹部たちは違和感のある言動をしていたのです。

今からでも遅くありません。当時を知るそれなりの上級幹部(若しくは上級幹部だった人)に直接このtweetを見せて問いただしてください。

顕正会は宗門に戻らないのでは無くて戻れない!のではないですか?」って。

そして大謗法は加速化した

この沈黙の4か月の間に交渉は為され、そして決裂した。

ゆえに至急幹部を集めて「記念大会」なるパフォーマンスをして大謗法路線を突き進み始めたわけですね。

平成の初期には既に偽本尊作りには手を染めていましたが、この大会後は隊長クラスへの一斉下附が行われ、その後は副長クラスの自宅拠点の増設が行われました。

そして血脈断絶発言…。

まさに浅井さんの心の中は

といったところでしょうか…。

けどね、会員さんは皆さんお山に戻りたがっているんですよね。

顕正会への推薦曲

顕正会の歌って軍歌の替え歌が多いですよね。

でもって結構これって不評ですよね…。

ってなわけで顕正会員の心情を表現した曲を少々選んでみました。

会合の時にはこのような曲を歌った方がいいんじゃない?(笑)

ご質問お問い合わせはお気軽にこちらまで…。

コメント

  1. 富士川一郎 より:

    そういえば、昔は比較的に顕正会員も骨があったようで、本山に乗り込んだ幹部がいたようです。
    そのとき、どうやら寂日坊で話をしたそうで、感想を聞かれたこのかたは「板の前にお人形さんがあった」と答えたそう。

    顕正会生粋だから板本尊を見たことが無かったんでしょう。
    またお人形さんとは、たぶん御影様なんでしょう。
    もっとも、寂日坊は別体三寳形式だから、板の前にお人形は位置が少し違うんですが。