法華講連合会第27回総会の砌



      
 総本山大石寺開創七百年の佳節を記念して、全国法華講皆様のこの客殿前広場ほか、すべてを埋め尽くす大総会、そしてこの結集の大成功を、まずもって心からお祝いし、お喜びいたします。おめでとうございます。



 「三万総登山」の命題に対し、皆様方の仏祖三宝への篤き尊敬と障魔を摧破する堅い信心修行は、三万名の目標を実に一万数千を上回るところの、四万数千名の、未曽有の総登山・総結集をもって見事に成就し、下種御本仏宗祖大聖人様への御報恩の誠を顕されたのであります。下種三宝尊には必ずや大慈悲をもって微笑み給い、皆様の真心を御受納あそばされることを確信いたします。


 宗門万代のため、法華講の未来への大発展のため、そしてこの結集に参加した皆様一人ひとりの抱かれたであろう正しい信心の喜びと大確信のために、重ねてこの達成をお祝いするものであります。



 さて、開創七百年の意義は、二祖日興上人が師弟相対による宗祖大聖人様の正法正義を、最も適切なこの富士の地において建立し、広布のための万代の礎を築かれたところにあります。したがって、



  一に正法護持
  二に謗法破折
  三に広布への前進


こそ我等正宗の僧俗がこの七百年に当たって心掛けるべき大切のことと思うのであります。



 故に、正法を護持し護念するところの信心修行によって将来された今日のこの大結集こそ、最も下種三宝の御心に叶うものと信ずるのであります。また、法華経宝塔品に

  「是真仏子 住淳善地」(開結四一九ページ)

と説かれる如く、一切の仏法の中心たる本門下種の大御本尊を受持し、純粋な信心をもってあらゆる障害を乗り越え、この意義ある大結集に成功した法華講の皆様は、この経文に明らかな真の仏子であると思うものであります。



 そこで、本日は法華講の未来へのさらなる進展を願い、皆様一人ひとりの一生成仏を念じつつ、少々基本的法門について申し上げます。



 真実の仏法とは一分一分の智慧や局部的道徳、あるいは流行的思想の変化に執われず、そのすべてを含みつつ、何人も否定しえないところの、大宇宙の法理を根元として開かれておるのであります。これを大聖人様は『観心本尊抄』に

  「薩とは具足に名く(乃至)薩とは六なり」(全集二四六ページ)

と引文あそばされ、さらに

  「天台大師云く『薩とは梵語なり此には妙と翻ず』」(同ページ)

と示されております。


 「妙」すなわち「具足」とは、三世を貫く大仏法の中心たる法華経に初めて示された教えであり、要するに生命の一々にすべてが具わることであります。これは右に偏らず、左に傾かず、また左と右を除いた中心にもあらず、その一切を含み具えた真の中道実相を意味するのであります。故に、唯物にあらず、唯心にあらず、物心一如にして而二の用きを示すところ、一切の個性を、また事々物々を活かす大哲理が存するのであります。



 今日の世界状勢の変動、特に共産圏の変化等も、その根底にかかる大哲理への模索が感ぜられます。この具足の最高・最善の活用は本仏大聖人の大慈大悲によってなされたのであります。すなわち、この具足の真髄は九界に仏界が、仏界に九界が具わるという究極の円融円満の妙理であり、ここに即身成仏の基本が存するのであります。



 この具足の妙義をもし数をもって顕すならば、「薩とは六なり」と仰せの如くであります。そして末法にこの具足の妙法を弘めるため、法華経の会座に出現した地涌の菩薩の集団は、六万恒河沙の数を筆頭としております。思えば不思議な数の符合ではありませんか。



 下種本仏宗祖大聖人様はこの地涌の上首・上行菩薩として出現あそばされ、御一身に具わる妙法を弘通なされるところ、その御身の内証は久遠元初の本仏・本法であり、それをそのまま一大秘法の本門下種大御本尊の当体と顕し給うのであります。また、その一大秘法の本尊は直ちに御化導の上に三大秘法と開かれ、さらに衆生化導の現実においては六大秘法としての意義をもって、御書中にくまなく指南されております。すなわち、本尊に人と法、題目に信と行、戒壇に義と事があって六大秘法となります。



 まず本門の本尊は、その妙法蓮華経が宇宙法界一切の実相であると共に、必ずその妙法を能く悟られた大人格がましまし、人即法、法即人、人法一体にして、また而二の尊体であります。



 次に、我等衆生が即身成仏の本懐を遂げるためには、実際に仏界即九界の本因妙、九界即仏界の本果妙が具現せねばなりません。しかして、この御本尊を信ずる信の題目、口に唱え奉る行の題目をもって、凡夫の身に本因本果の大功徳を得られることを大聖人様はまた、あらゆる御書に御指南であります。特に『当体義抄』に

  「正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩・業・苦の三道・法身・般若・解脱の三徳と転じて三観・三諦・即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土なり、能居所居・身土・色心・倶体倶用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり」(同五一二ページ)

と即身成仏の要諦をお説きになりましたが、この文に信と行の二つの題目の意義が明らかであります。



 さらに戒壇に義と事があることは、六大秘法の名称をも含めて二十六世日寛上人の指南であります。大聖人様は大事な御書において単に「戒壇」の名前のみをお示しになっておりますが、これは御本尊のおわします所が本門の戒壇たる義によるのであります。我等が御本尊を受持し信行するところ、本門下種の成体を成就し、一切の善悪もことごとく根本の大善に妙化される故に、義が戒壇に当たるのであります。



 次に事の戒壇とは、大聖人御一期の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊は、本仏宗祖大聖人の一切衆生救済の大慈悲を実際に一閻浮提総与として顕された御本尊なるが故に、そのおわします所が事の戒壇であります。そしてその事の戒法の究極的実相は、仏法と王法の不可思議な冥合の力によって衆生の邪法における執着が破られ、現実にその功徳が国土に顕現する旨を『三大秘法抄』にお示しであります。ただし、その事の戒壇の聖文は仏知仏見によるところであり、凡智をもって軽々しく浅識の解釈をなすべきでなく、信をもって未来永遠にわたる大法広布の実相として拝しゆくべきと思います。

 


以上、三大秘法はその信解と功徳の現れとして六大秘法となることを申し述べました。



 さて、この六大秘法の意義は、法華講の皆様の日夜の真剣な行学の実践において、常に分々に具わるのであります。故に皆様方こそ真の仏子たる地涌六万恒河沙の菩薩であると共に、無限の功徳をはらむ清浄なる行の実践者であります。したがって、おのずからその修行は時に叶い、時に合致すると思われるのであります。



 すなわち近時、法華講全体において毎年三千世帯内外の折伏によって年々、その世帯数が増加しております。しかして昨・平成元年度の折伏数は三千二百三十世帯と伺いました。また、これによって法華講全国の総世帯数は五万一千三百世帯に到達したと聞いております。この上に、さらに油断なき信心修行によって平成三年、四年、五年の三ヵ年の折伏成果が加われば、平成六年の法華講総世帯数は地涌六万恒河沙の数にちなむところの六万世帯を悠々と突破・達成する時の流れとなっていることを、皆様にはどうか認識していただきたいのであります。その上からも「一年に一人が必ず一人を折伏しよう」という意欲に燃えて、これからの三年、四年間を大いに頑張っていただきたいと思います。



 今回の三万総登山は、目標を上回ること一万数千名という、未曽有の大行事をもって飾ることができました。これひとえに「祈りとして叶わざることなし」と確信する法華講魂が遺憾なく発揮された見事な結集であり、さらにこれが法華講の未来への大前進を物語るものと信ずるのであります。



 そこで、さらに法華講の皆様が、大仏法における、また人生における尊い意義と勝利を得るために提案をいたします。四年後の平成六年を目指して、六万世帯の折伏の達成と共に、地涌六万恒沙の集団にちなみ、六万人の大結集を目標とされてはいかがでありましょうか。


 もちろん、その大集会の場所は、あるいは東京その他、交通便利な地成の大広場等でもよいでありましょう。あるいはまた、種々の事情が許せば再び総本山でもよいと思います。それは皆様方の叡智にお委せいたします。



 平成六年に六万人の大結集を行うことは、まさに時を得た法華講が地涌の菩薩たるを示す実証であり、また輝かしい法華講史に燦然と輝く金字塔であると共に、皆様一人ひとりの真に有意義な人生の建設があると思うのであります。御書の

  「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり、日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」(同一三六〇ページ)

の御文を心肝に染め、「正法正義を実践する者は我れ法華講員なり」との自覚に立って、堂々と進んでいただきたいことを念願するものであります。



 また、皆様方一人ひとりの一層の信解倍増、自行化他の増進と御多幸をお祈りすると共に、各法華講支部ならびに法華講連合会のますますの隆昌発展を願い、本日の御挨拶といたします。

 

 

(大日蓮 平成2年9月号 50~57ページ)