日顯上人御遷化

令和元年9月20日

日蓮正宗前法主第67世日顯上人が御遷化遊ばされました。御本葬が終わるまではこの件に触れることを自粛しておりましたが、初七日忌法要も無事に終了しましたので少しばかり書いてみたいと思います。

御尊顔

日蓮正宗僧俗に留まらず異流儀においても…、少なくとも大聖人様の仏法を信仰する者が一番気になる事柄はこの一点であろうかと思います。

私も9月23日に御尊顔を拝してお別れをさせて頂きましたが、それは見事な相でございました。慧妙によれば5000名以上の僧俗が御尊顔を拝したとありましたが、それだけ多くの人たちが拝したわけですから、仮に悪しき相であるならば「人の口に戸は立てられぬ。」と世間でも言うように、いくら口止めをしようともそのような証言が出て来ることでしょう。しかしながら一か月経とうとしている現在においても「素晴らしい相であられた。」との証言は数えきれないくらいに上がってはきますが、「悪しき相であった…。」との証言は全くと言ってよいほど目にしないのは、まさに否定しようとしても否定しえない御尊顔であられたからにほかなりません。

顕正会の皆さんはこの現実を真摯に受け止めるべきかと思います。

穏やかな表情

色白く半眼半口…。これらは法華講員の葬儀においても必ず目にする姿でありますので、とりたてて驚くことではありません。(蛇足ながら顕正会員の葬儀でもこれらは目にすることができます。魔の通力なんでしょうが…。)

この度の猊下様の御尊顔はそれだけではなく、お肌はみずみずしく透き通るようであり、かつふっくらとされて96歳のご高齢だったことが嘘のようでありました…。

またその表情も非常に穏やかであり、御登座前は妙信講問題で、御登座後も正信会問題や学会問題の矢面に立たれて御宗門を御守りされていたことが信じられない程の、穏やかな笑みさえ浮かべられたような表情であられました。

まさに夢と寤の理を私たちに身をもってお示しくださっているものと拝し、心の底より有難い思いが沸き起こってきたものであります。

法界の不可思議な動き

御隠尊猊下の御遷化に伴い法界が不思議な動きをし続けたことも併せて書きとどめておこうかと思います。

寛師会花火

ネット上では御遷化後の法界の動きが着目されていますが、今振り返って考えるに法界は既に数日前から動き出していたように感じます。

今年の寛師会に参加された方はハッキリと記憶に残っているかと思いますが、今年の寛師会は天候に恵まれませんでした。それでも花火の前に雨はやみましたので、参列者を思いやってのことでしょうか…、予定通りに花火は打ち上げられました。

しかしながらうっすらと霧も立ち込める中での花火でしたから、スクリーン越しに花火を見ているかのごとくで、あまり綺麗なものでは無く今一つ盛り上がりに欠けるものとなってしまいました。

そしてその36時間後に御遷化がありました。

今思うにその後の御遷化を控えて法界が「あまり騒がないように…。」と僧俗に注意を喚起したものだったのではないかと強く感じます。

↑↑↑ 今年の花火

通常の寛師会花火 ↓↓↓

御密葬御通夜

御密葬の御通夜は22日と23日に行われました。私は23日の御通夜直前に着山し、日顯上人の御尊顔を拝してのお別れをさせて頂きました。

この23日にもまた不思議な法界の動きを体験することとなりました。

当日は低気圧の影響で風も強く大石寺へ向かう私の車も横風に煽られて80キロ以上は怖くて出せない状況でした。それが大石寺に到着するとそれまでが嘘だったみたいに風は殆どなく、まるで大石寺周辺に風を遮る壁があるかのような状態でした。

その後六壺にて勤行させて頂き、その時は海外信徒さんも大勢いらっしゃって鮨詰め状態だったのですが、そよそよと心地よい風が窓から流れ込み非常に気持ちよく勤行をさせて頂くことができました。

そして帰路に就いたのですが、東京に近づくにつれて暴風が吹き荒れて…。

穏やかだったのは大石寺周辺だけだったのだと改めて気づかせて頂いた次第です。まるで平成21年の大結集の時を思い出させるような一日でございました。

当日の天気図はこちら

サクラサク

翌日24日に御密葬が執り行われました。私は残念ながら参列できなかったのですが、当日の朝にまたしても不思議な現証が顕われました。大石寺の敷地内にて桜が咲いたとのことでした。

この現証が顕正会にとってはさぞや痛かったようで、顕正会内部では以下のように指導しているようです。

この人は勉強不足にもほどがある…。大聖人様御入滅の際にソメイヨシノが満開に咲き誇ったと勘違いされている節がある…。


もう大爆笑ですね。そもそもソメイヨシノは江戸時代にできた品種であり、池上本門寺に存在する「お会式桜」もソメイヨシノではありません。

日顯上人の御遷化をこき下ろすつもりが大聖人様の御入滅をもこやつは誹謗してしまっているわけです。まったく困った人ですね、顕正会員ってやつは…。

更に言うならば池上本門寺のお会式桜もその開花時期は通常もう少し後になるわけであり、今回のように前倒しになること自体が既に法界が動いている何よりの証拠ではないでしょうか。

とにかく日顯上人を陥れなくては今までの顕正会の存在自体が否定されると恐れての行動なのでしょうが、冒頭のごとく目の当たりにした者は誰しも成仏を疑わない日顯上人の御尊顔をもこの者は以下のように妄想を大爆発させております。当に悩乱の極みとしか言いようがありません。

さすがに気分が悪くなってきたので本日はここまでにしておきますが、「講釈師見てきたような嘘を言う。」というスタイルは浅井昭衞ゆずりなのでしょうね。

 

善良なる顕正会員の皆さんはこの者の戯言を真に受けて御宗門を批判しては絶対にいけません。あなた方の吐いた言葉は必ず御自身へとかえってまいります。

 

堕地獄が決定した者たちについていくような愚は犯さないことです。

 

今一度冷静にお考えになることを強くお勧めいたします。

 

 

ご質問お問い合わせはお気軽にこちらまで…。

 

 

アイキャッチ画像を含め今回掲載させて頂いた写真は全て他支部の方々が撮影されたお写真をお借りしたものです。快くお貸しいただき大変に感謝致しております。

コメント

  1. 石山巌虎 より:

    音声を聴かせていただきました。この登壇者が誰なのか知りませんが、ひじょうに悪質ですね。チャンネル主が豊田昌志というのも、樋田昌志氏を彷彿とさせる意図的なものを感じます。問題は後日、顕正新聞にこの話が掲載されるかどうかであり、もし掲載されず仕舞いだとすれば、きわめて悪質なクチコミ指導ということになるでしょう。わたくしは基本的に顕正新聞掲載の話題しか取り扱わないので、なるほど、クチコミではどれだけデタラメなことを言い触らしているのかが垣間見えましたね。いよいよ末期的です。

    • トチロ~ より:

      そうなんですよね、顕正新聞ではある程度体裁を整えた上で掲載されますから組織のいびつさを感じにくいものになってますが、実際の内部はこの程度であると…。

      一方で表に出て来る情報も相当にイカレ始めていると思います。

      浅井さんは日顯上人の御遷化を「宗門からの追放という御仏意」と定義づけましたが、人間は遅かれ早かれ臨終を迎えるものであり、それと御仏意を結びつけるのは些か無理があると感じます。実際には第67世御法主として厳粛な御葬送が一貫して執り行われ、かつその臨終の相や法界の動きを以て「血脈は不断である。」と内外に示されたのですから、むしろ浅井さんの言っていることとは正反対であるというのが真実です。

      これ以上の日顯上人への誹謗を繰り返すことは、浅井さんの寿命を縮めることになるかと私は危惧しております。