どうして勤行するの?

Q どうして勤行するの?

A
「勤行」とは、朝と夕に御本尊様の前でお経を読み、お題目を唱えることです。

皆さんは、まだ眠い早朝やテレビを見たい夕方に、勤行するのは嫌だなと思うかもしれませんね。しかし、私たちが毎日を無事に過ごすことができるのは、仏様が守ってくださるおかげなのですから、御本尊様に「ありがとうございます」と感謝することと願いごとをするために勤行をするのです。

勤行は日蓮正宗の大切な修行ですから、しっかりと毎日おこなっていけば、いろいろな願いがかなうようになります。しかし、もし間違った教えややり方では、いくら勤行をしても幸せにはなれません。

学校の生活や遊びにもルールがあるでしょう?ルールを守らないと先生に注意されたり、お友達から嫌われてしまいます。

同じように勤行にもルールがあります。これから、正しい勤行をおこなうためのルールを説明します。

ルール① 二つの大事なことを守る

一つ目は、今、世界中では戦争や悲しい事件がたくさんおきています。このような時代において、全世界の人々を救うことができるのは、日蓮大聖人様ただお一人なのです。そして、日蓮大聖人様の魂は、そのまま本門戒壇の大御本尊様として総本山大石寺・奉安堂にいらっしやいます。お寺や家庭の御本尊様は、すべてこの大御本尊様につながっているのです。よって、私たちが御本尊様に手を合わせることは、大石寺の大御本尊様を拝んでいることに通じるのです。

二つ目は、また、大御本尊様をお護りし、大聖人様の教えの全てを引き継いで私たちを成仏にみちびいてくださるのが、総本山の御法主上人です。皆さんのお寺のご住職も御法主上人からの教えを受けて、そのお代理としてお寺で法務をされているのです。ですから私たちは、御法主上人のお言葉、お寺のご住職のお話をしつかり守つていきましよう。 この大御本尊様と御法主上人の二つがそろっていることがとても大事なのです。

皆さんの家庭でも蛇口をひねると水が出ますね。電源を入れると電気がつくでしよう。それは、水道管が水源につながり、電線が発電所につながっているからです。これと同じように、皆さんが勤行を続けていくと幸せになっていくのは、皆さんの信心が大御本尊様と御法主上人につながっているからなのです。

もしもこの「つながり」がなくなってしまったら、たとえ勤行をしても功徳はいただけません。それは、水道管や電線が切れてしまって、水が出なかったり電気がつかなくて困ってしまうのと同じことです。

ですから、お寺をとおして総本山、ご住職をとおして御法主上人に通じていく信心が、一番大切な心構えであることを忘れないで下さいね。

ルール② 時間をきめよう

総本山の六壷では、中学一年生から高校三年生などの小僧さんとお所化さんが、朝は五時半から、夕方は四時半から勤行をされています。

皆さんも、しつかりと時間をきめて、家族そろって勤行するようにしましよう。

また、塾や部活で遅くなっても、まず勤行を優先する習慣を身につけましよう。

ルール③ 正しい姿勢でおこなう

御本尊様の前で正座して背筋を仲ばし、お数珠をかけて胸の前で手を合わせます。お数珠はもまずに、体もなるべく動かさないようにしましよう。目は御本尊様の「妙」の御文字を中心に拝します。これは身体で示す姿勢です。

次に、お経を唱える時はお経本をしつかり見てアクセントをつけずに、元気よくはっきりと発音しましよう。これは口で示す姿勢です。

最後に、勤行は仏様の前でおこなう大切な修行です。「御本尊様、いつもお守りいただいてありがとうございます」という報恩感謝の心を持つことが、心で示す姿勢です。

この「身と口と心」の三つを仏教では「身・口・意の三業」とよびます。心で考えていること、口から出す言葉、身体の動きや行動が全部バラバラだったら御本尊様にウソをつくことになってしまいます。よって、三つがしっかりとそろうように気をつけることが大切です。

 ま と め

朝は「おはようございます、元気に一日を過ごせますように」とご祈念し、夕方は「ありがとうございました。あしたもがんばります」と、仏様への感謝の気持ちを行動であらわすことが勤行であり、信心・生活の基本と心がけましよう。

また、勤行は誰がみていなくても続けることが大切です。「継続は力なり」というように、やり続けることはとっても難しいことだけど、がんばってやってみれば、やったぶんだけ自分を助ける大きな力になります。

毎日の勤行によって、自分の持っている力を大きく発揮し勉強やスポーツに一生懸命励みましょう!

また、外出する時には「いってきます」、帰宅したなら「ただいま帰りました」と御本尊様に題目を三唱してご挨拶することも忘れずにね。

では、また来月まで元気でね。

(妙教 平成21年4月号64~67ページ)

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コメント

  1. ドモン より:

    遅れ馳せながら、明けましておめでとうございますm(__)m
    そして、お久しぶりです。

    元顕正会員が、年末と元旦に相継いで御授戒がを叶いました。

    改めて思いますが、顕正会での「入信勤行の栞」や、勤行要典にも書かれてますが・・・「勤行は仏道修行の基本」なのに、それを簡略化するとは(笑)

    本筋(本来)の勤行を知ると、単なるサボタージュ(サボり)なんですよねぇ
    ┐(‘~`;)┌

    御住職様曰く「簡略化は怠けの行(怠行)」「怠行だ!(たいぎょう)」と、よく謂われます。

    そして、有り難くも両名の初御講の参加が叶いましたが、終了後感想を聞いて見たら、「顕正会で聞いていたより、解りやすく、かつ、内容が深かった!」との事でした。

    また、御講の後、自分の会社のタコ部屋で夕勤行を済ませた後、このブログの記事を読ませたところ、「勤行の大事が初めて理解しました。」「説明されただけだと正直しんどいと思ってましたが、頑張れますが。」と言ってくれました。

    かつて自分もそうでしたが、顕正会の勤行のスピードで読んでたら、三座で45分以上(笑)、五座だと一時間以上かかりますもんね┐(‘~`;)┌

    単なる時間だけの問題では有りませんが、顕正会の勤行は間延びし正しく怠行であり、唱題に至っては日曜勤行だと、引き題目(唱え方も滅茶苦茶)みたいに唱えているのです。

    両名共に五座三座の勤行のやり方を知って、感嘆しておりました。また、新年早々自分も勤行の大事を、改めて確認させて頂きました。

    今後とも基本的な記事と共に、顕正会破折記事を楽しみしております。m(__)m

    追伸
    今年も宜しくお願い致しますm(__)m

  2. ドモン より:

    訂正

    また、御講の後、自分の会社のタコ部屋で夕勤行を済ませた後、このブログの記事を読ませたところ、「勤行の大事が初めて理解しました。」「説明されただけだと正直しんどいと思ってましたが、頑張れます。」と言ってくれました。

    です(>_<)

    • 桜梅桃李 より:

      ドモンさんへ

      こちらこそ本年もよろしくお願い致します。

      年末年始の折伏成就おめでとうございます。今年一年を正しい信仰でスタート出来る有難さを新来者の方々もしみじみと感じていらっしゃったのではないでしょうか。本当に良かったですね。

      勤行・唱題と折伏は車の両輪みたいなものだと顕正会でも教わりますが、実際には顕正会では勤行・唱題をおろそかにしていると思います。

      なにゆえそうなったかを考えるに、顕正会員には法水功徳が流れ通わぬため、勤行・唱題の功徳というものを実感できていないためではないでしょうか?

      ご自身と戒壇の大御本尊様の間がしっかりと繋がっていれば誰しもそれを実感するはずですし、その歓喜をもって折伏に打って出ることが出来るはずなんですよね。そうなればけっして勤行を軽く見るはずはないと私は感じます。

      話は変わりますが、以前のブログでもこの妙教に掲載されていた「なるほど なっとくQ&A」には結構アクセスがありまして、皆さん喜んで読んでくださっていたようです。テキスト化に少し手がかかるのですが、これからも紹介していきますので、新来者の皆様も含め今後ともよろしくお願い致します。

      今年もお互いに頑張りましょうね。

  3. 匿名 より:

    顕正会の日曜勤行の唱題は異様です。いつ途切れるかわからないくらいながーいなんみょーーーーーほーーーーーーー・・・・・・って感じです。アレってどうにかして欲しい。5分間唱えて実際何回お題目唱えたか数えられちゃいます。ちょっと前に誰かがリズムの音を入れてた時期もありました。絶対に変!と思ってましたが、やっぱり。

    • 桜梅桃李 より:

      匿名さんへ

      私が顕正会を離れてから既に13年間が経ちますが、当時も既にその兆候はありましたよね…。

      最初はそれなりのスピードなんですが、徐々に周りのスピードに引っ張られてゆっくりになってしまう…。

      今は5分で数えられるくらいなのですか…。

      日蓮正宗では1時間やってもスピードは最初と最後で殆ど変りませんよね。1分あたり45回前後で唱えていますから、5分で225回はお題目を唱えていると思います。

      またお気軽にコメント頂けると嬉しいです。今後ともよろしくお願い致します。

    • 匿名 より:

      勤行は 仏道修業の基本中の基本
      お心の詰まった思いで唱えたてるわけですから 気にならないですが

      • 桜梅桃李 より:

        匿名様へ

        確かに何回唱えられるかの競争ではありませんから、比較するのは少し違うのかもしれません…

        が!

        「大聖人様のように信心していく」というのが基本中の基本ですから、顕正会の「牛のよだれ」のようなお題目はやはり違うと思いますが、いかがでしょう?大聖人様も御在世当時はあのような「牛のよだれ唱題」をしていたでしょうかね?

  4. 菊水護国 より:

    スピード勤行で余談(雑談?)を申しますと、今はどうかは分かりませんが、昔は浅井会長が毎年の年末に大石寺の石畳にて勤行をしていたと聞いた事がある方が多いかと思います。
    これを聞くと、浅井氏が毎年大石寺の石畳の上で正座をして、勤行をしているとイメージしますよね。しかし、誰も見ていない。何故だろうか?

    事実は以下の通りです。

    毎年12月27日前後(恐らく、最終の御開扉も終り、数日後には元朝勤行ですから、一番目立たない日程なんだと思います)、浅井氏は会員2~3名とともに、奉安堂(昔は正本堂)の裏側に行きます。
    とある情報では、浅井氏はこの当りに一坪か二坪自分名義の土地にしているそうで、昔は(御遺命守護の看板)なんかを立てていたとも聞きます。
    ここに、出向いた浅井氏はパイプ椅子を数脚出させ、同行信徒とともに座り、題目・方便品、自我偈、唱題をマッハスピードでこなし、終わるとすぐに引き上げるそうです。
    同行した元本部職員(昔、合唱で扇を振っていた〇〇主任・後脱会)によると、座っていたのは5~7分位(10分は無かった)だそうです。
    まあ、職員向けのパフォーマンスなんだろうが、今はこれすらやっているかは疑問ですが。

    • 桜梅桃李 より:

      菊水護国さんへ

      先日はお電話で色々と教えて頂きありがとうございました。

      うちの前御住職様もその現場を目撃したことはあると仰ってました。

      ただ最近はそういった目撃談も無いそうなので、たぶん浅井会長も御高齢ですから止めたのでしょうね。

      しかし…、本気で恋慕渇仰しているならば腹を割って御宗門と話し合いをしてどんな形であれ信徒としての資格を戻してもらえるようにすると思うのですが…。実際にはそれを為していないわけですから、やはりパフォーマンスでしかないのでしょうね。

  5. 匿名 より:

    ごめんなさい。投稿で言い忘れました。遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。

  6. 川原美保 より:

    動物病院では、治せない愛犬の目の状態があり、勤行唱題したら治していただけるなら勤行唱題しますが、不思議の妙法との言い伝えがあるので、どんな身体の状態でも治していただけるのですか。
    今晩も、勤行唱題の自分にとっての意義が無く、三唱で終えました。

    • 桜梅桃李 より:

      川原様

      はじめまして。おうちのワンちゃんが目を患っているのですね…。ご自身の病気よりも身が切り刻まれるような苦しさを感じておられるのではないかと存じます。

      我が家ではワンちゃんではなくニャンコなのですが、6匹ほど一緒に暮らしております。アイコンに使用している子は生まれつき下肢部と内臓に疾患を抱えており、ひどいときは1日おきくらいに動物病院に通っている状態です。また他の子たちも大なり小なり持病があったりするのですが、みんなそれぞれ楽しそうに遊びまわっています。

      これは私の個人的な意見なのですが、ワンちゃんやネコちゃんは飼い主さんの心の状態に非常に敏感なのではないかと思うのです。

      飼い主さんが悲しそうな顔をしていれば心配してそばに寄り添ってきますし、楽しそうにしていれば彼らもまたはしゃぎまわる…。

      お題目を上げて彼らが直接に何かしら変化するということはなかなか無いかもしれませんが、唱題している人間の方は確実に変わります。その縁に触れて彼らもまた変わってくるんですよね…。

      こちらの心が穏やかになれば、彼らの心もそれに伴って穏やかで優しいものへと変化していきますし、仮に何かしら病気を抱えている子たちであってもそれを上回る安ど感に包まれて過ごしていけるならば、彼らは幸せだと感じてくれるんではないでしょうか。

      ワンちゃんもネコちゃんも我々人間よりもおそらく寿命は短いと思います。

      いずれ臨終を迎える日が来るとは思いますが、その時彼らが

      「お父さん、お母さん、今まで大事に育ててくれて有難う。」

      と言ってくれるように愛情を精いっぱい注いでやってください。必ずその気持ちは彼らに伝わると思います。

      最後になりましたがワンちゃんもネコちゃんも自らはお題目を唱えることができませんが、飼い主さんが唱えるお題目は耳に触れています。

      それが何か変化を起こすのかどうかは私には分かりませんが、全く聞かせないよりは少なくとも良い方向へと導かれるのではないかと思っています。

      ご質問の回答にはなっていませんが、愛犬のワンちゃんが明るく楽しく過ごせるよう、まずは川原さんがお題目をしっかりあげて元気になってください。それがひいてはワンちゃんの苦しみも減少させていくことにつながると私は思いますよ。

      • 川原美保 より:

        桜梅桃李様

        早速、心のこもったコメントを頂きましてありがとうございます(^ ^)
        私は、滋賀県の日蓮正宗のお寺に所属する30代女性です。
        おっしゃる通り、いつだったかワンコのことで泣いていたら、ワンコがいきなり悲愴な声で鳴き始めたことがありました。
        私が悲しければ、ワンコも悲しいんだということを思い出しました。
        今は、思い詰めることはあまり無くなりましたが、時折ワンコを守ってやれなかったことにつながったことを思い出しては、私が前向きにもっとしっかりと生きていたら、最悪の事態にはならなかったのにと思っています。
        おとといまで、夜型生活のため夜だけ勤行唱題はしていました。
        ワンコは私と母が勤行唱題をしていると、寄ってきて横になり、勤行唱題を聴いて心地よく目を閉じています。
        とても気持ち良さそうです。
        やはり勤行唱題をワンコに聴かせることは、桜梅桃李さんがおっしゃるようにワンコのためになると思います(^ν^)
        また、今日から勤行唱題をしてみようと思います。

        • 桜梅桃李 より:

          川原様

          川原さんが元気な姿でワンちゃんに接していれば、ワンちゃんもまた元気になってくると思いますよ。

          私たち人間もそうですが、「病気になったのが不幸ではなくて、病気によって気持ちが落ち込んでしまうのが不幸な状態なのだ。」と私は思っています。

          病気であっても、貧乏であっても、その時その時が楽しく充実しているならば、それこそが幸福なのではないのかな?と思うんですよね。

          川原さんのお宅のワンちゃんも、うちのニャンズたちも正しいお題目に触れられる環境で生活できているわけですから、来世は必ず恵まれた環境に再度生まれてきて成仏していくのではないかと思います。

          彼らと今生において一緒に暮らせる時間は限りあるものかもしれませんが、その短い時間をお互いに充実したものにしていきたいですね。

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