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正義に目覚めて

私が顕正会を脱会し、御授戒を受けるまでをお話ししたいと思います。

通常の折伏とは少し勝手が違うかもしれませんが、何かの参考になれば幸いです。

大石寺での出会い

それは、一月下旬の良く晴れた寒い日でした。

私は自分の班員さんであるK君の家へと急いでいました。K君は一年ほど前から顕正会に入り、私の班員さんとなっていましたが、波のある性格で、やるときは怒濤のごとく折伏をするのですが、一旦やる気が無くなるとさっぱり動かない人なのです。しかし、彼のバイタリティーは並はずれており、必ずや将来の戦力たる人物なのです。けれども、顕正会の幹部はそんな彼を潰してしまった…。

また、彼は現在の顕正会のやり方にも疑問を抱いておりました。顕正会の幹部からは世間法で推し量るなとお叱りを受けそうですが、顕正会という狭い世界の中でしか通用しない数々の世間の常識とはかけ離れた、幹部の言動、顕正会の風潮に私と同じく嫌気がさしていた人物でもありました。

私は理想の組織を作るためには、まず彼の力が必要だと思い、現在の私の思いを直接話し、協力を取り付けるつもりで彼に会いに行ったのです。

約束の時間まで余裕のあった私は大石寺へと向かいました。その日はK君とも顔なじみの顕正会の女性を同行しておりました。その子も顕正会に入ってまだ一年半くらいであったのですが、毎日真面目に勤行はしているものの、大石寺とはどういった所か見たことがなかったのです。よって戒壇の大御本尊様が御安置されている大石寺を見学させるために立ち寄ったのです。

本来遙拝勤行とは、正式に御授戒や勧誡を受けた方が、御本尊様を御安置するまでの暫定的な勤行の仕方でございます。つまり、当然の如く大石寺には登山参詣(御開扉を受けているということ。)していることも視野に入れての方法だと私は個人的には思っております。(勿論、入信したてや、お体が悪くて登山参詣出来ない方もいらっしゃることでしょうが、その方々においてはいずれ早い時期に登山参詣しましょうね。とご指導があるはずです。)

ゆえに、日蓮正宗信徒においてはたとえ内得信仰の方であっても、大石寺の様子や戒壇の大御本尊様のお姿は勤行時に心に明確に思い浮かべることが出来るのです。

しかし、顕正会員にはそれすら出来ない…。そこに大いなる矛盾を感じていたわけです。したがって、顕正会に入ってきた方々で、“これは人材になるぞ!”と思われる人達を私は顕正会入会直後から、事あるごとに大石寺に案内していたのです。(これを聞いた塔中の先輩法華講員さん達は皆さん感心しておりました。顕正会サイドでは大いなる裏切りものでありましょうが…。)

さて、話を本題に戻します。

車を三門横の駐車場にとめ、参道を上がっていき、御影堂の前まで来たときでした…、

突然背後より声をかけられました…。振り返ってみると・・・・・・・・・・・

なんと、なんと、な~~~~~んと・・・・・・・・・・・・・・・・・

お坊さんだったのです…。

アチャ~~~…。

私は内心、相当動揺しましたが、その気持ちを悟られまいとして、努めて明るく、そしてな~んのやましい気持ちはありませ~ん!!という風を装って対応いたしました。あくまでも顕正会員だと悟られぬよう…。

ここで顕正会員だなんてばれたら、坊さん連中に囲まれてボコボコに袋だたきにあってしまう…。

とにかく危険だ…。ここはとにかくテキトーに身分を隠してしまおう…。そしてこの窮地から早く脱出したい!という気持ちで一杯でございました。

またその一方で始めは、憎き御遺命破壊の手先の話なんぞ聞くのもおぞましい!という気持ちもまた強かったのですが、「日蓮正宗の僧侶の話を直接聞く機会なんぞ、そうそうあることでもないし…、まぁ一生に一度くらい聞いてやってもいいかな?いい経験になるかもしれないな。まぁ、どこかでボロを出しやがるんじゃないかな…。それを見極めてやろうじゃないか!」な~んて気持ちが変化していったのです。

そして、私は全くの一般人のふりをして、御住職のお話をフムフムと聞き出したのです。

勿論、私が顕正会員だということはふせているので、ご住職様のお話は対一般人向けの内容でした。まず、身延と正宗の違い、戒壇の大御本尊様の事、成仏に関すること等々、我々顕正会員が折伏するときとほぼ同じ事を話しておられました。先日も書いたように、私は内心斜に構えて聞いておりましたので、何か間違った事を言うんじゃないかとワクワクしながら待っていたのですが、何も間違ったことは言いませんでした。(日蓮正宗の指導教師だから、当たり前のことですね…。今考えれば…。というより、逆に考えれば顕正会での教学ってのも殆ど間違っていないってことになるのかな?)

要するに、顕正会で教えられていたことと大筋は変わらないのです。

ただし、その時の御住職様のお話の中で3点程、強く心に引っかかる部分がありました。そして、それがどうしても心から離れなくなり、私はこの3点については家に帰ってから、じっくりと再考するべきであるな、と感じたのであります。

その3点とは…、

1 血脈の大事

2 御遺命は生きている(宗門でも広宣流布、およびその後の本門寺の戒壇建立を目指しているという事実)

3 文の意を知るということ

以上の点が我々顕正会員には知らされていない事、勘違いしていることではないか?と、そのとき強く思ったのです。

そして、私は急いで家に帰り、顕正会の書籍をかたっぱしから読み直し、かつ少ないですが我が家にあった御宗門の書籍をひっくり返して検討に入ったのです。

結果、顕正会の誤りが次から次へとわかり・・・・・・・・・、そして、私は数日後そのご住職様に電話をし、自分の身分を明かし、晴れて日蓮正宗への入信といたったのであります。

血脈と信

顕正会では血脈については、あまり多くを教えません。血脈というものが存在すること、そして大聖人様から日興上人に法を附属され、それを代々の御法主上人に引き継がれているが故に日蓮正宗が唯一正しいと言える。ということくらいは知っておりますが、それ以上の正確な意味、そして、それがどれだけ正宗信徒において重要なことかということには一切触れないのです。

なぜなら、血脈について詳しく教えてしまうと、顕正会自体が成り立たなくなってしまうからです。浅井会長はこのことを十分承知しているのでしょう。ですから、会員には教えないのだと思います。…いや、もしかしたら浅井会長自身、この血脈については正しく認識していないのかもしれません…。もし、正しく理解していれば、御法主上人のお言葉を己義だと主張してみたり、血脈は断絶したのである!と途方もないことを言ってみたり、ましてや正宗信徒の立場を失って平然としていられる訳が無いのです。

話を元に戻します。

御住職様のお話を聞いているとき、フッと私は気づいたのです。正宗の根本は血脈にあるのではないか?…と。

正宗が唯一正しく大聖人様の仏法を行じている団体であるというのは一期弘法附嘱書によって大聖人様から日興上人に法を附属されたからであります。そして、さらに日目上人、日道上人・・・・、と御歴代御法主上人に脈々と引き継がれて守られて来たが故に、大聖人様の御心にかなう唯一の教団なのだと胸を張れるのであります。

そして、この大聖人様を御本仏と信じ、日興上人への附嘱を信じ、歴代御法主上人への相伝を信じることが出来てこそ、初めて日蓮正宗信徒の資格を得ることが出来るのです。そして、この血脈を信じ、当代御法主上人の御内証を大聖人様と拝し、信伏随従していって、ようやく御本尊様からの功徳が我々にも流れ通ってくるのです。

さらに言うならば、この血脈に関しては「信じる」しかないのです。五老僧の流れをくむ日蓮宗は大聖人様を御本仏であると信じられなかったが故に現在の姿になってしまった。また、学会、顕正会、正信会は御法主上人の御内証を信じることが出来ないが故に猊下様に反逆し、そしてあろう事か血脈が断絶したと主張し、…結果、戒壇の大御本尊様から離れざるを得ない現状となってしまったのです。

ところで、顕正会は日達上人が己義を構えたと主張します。

もし、この顕正会の論が真実だとするならば、日達上人は御法主上人の資格など無い!となりますよね。事実、浅井会長は以前の総幹部会で66代、67代を御歴代上人から削除せよ!とまで暴言を吐いています…。しかしながら、この浅井会長の暴言は日達上人に法を附嘱された先代をも冒涜するものであります。つまり顕正会が高邁な猊下であると賛嘆する日淳上人には人を見る目が無いということになりますから…。されば、その人を見る目の無い先代を選ばれたのは…。と考えると、これまた顕正会が奉安殿の慶讃文を引用して誉めあげる日昇上人にまでその暴言は影響を及ぼすのですよ。そして、それを順次繰り返していけば…、恐ろしいことに大聖人様にまでたどり着いてしまうのではないでしょうか?

いや、そんなことは浅井会長は言ってない!というならば、誰しもが納得する回答をすべきであります。

おそらく出来ないでしょう。

これが、大聖人様の仏法なのですよ。全く敵につきいる隙を与えない完全に完成された仏法なのです。ですから、750年もの長きに渡って御宗門は法を守ってこられたわけです。

ですから、逆にほんの僅かでも本義とずれることを主張すれば、必ずその論は将来破綻をきたすのです。

ここに二本の平行に引かれている線を想像してみてください。この線が一分の狂いもない正確な平行線であれば、それをいくら伸ばしてみても絶対に違いに衝突したり、また離れていったりしませんよね。しかし、見た目は平行線のように見えても、微妙にずれていれば、それを伸ばせば伸ばすほど、その線は互いに離れていってしまいます。

まさにこれが正宗の信心だと思うのです。一方の線は御法主上人猊下様であり、もう一方は我々信徒であります。そして、この二つの線が一分の狂いもない平行を保つように繋げてくださるのが指導教師たる御住職様なのであります。ですから、指導教師たるご住職様も持たずに勝手に大聖人様の仏法を解釈すれば、必ずや御法主上人猊下の御指南と離れていってしまいます。そして猊下様の御指南を「己義だ!」と叫ぶ、現在の顕正会の姿となってしまうのです。

御法主上人猊下から離れるということは、イコール大聖人様の御指南から離れるということであります。しかれば、そこには功徳も成仏も存在しないのです。

顕正会員は戒壇の大御本尊様を信じて朝夕、大石寺に向かって一生懸命、勤行しておりますが、血脈を否定して御法主上人猊下に信伏随従していないあなた方が唱えるお題目は、悲しいかな戒壇の大御本尊様に届いていない!ということを知るべきであります。

話を根本に戻します。顕正会員と対論し、彼らの痛いところを突くと、必ず出てくる言い訳が「日達上人が己義を構えたがゆえに、我々顕正会はそれを諫めたのである。それを宗門は邪魔であるので解散処分にしたのである。」と繰り返します。そして、御本尊様をいただけないため、遙拝勤行になっている。等の宗門より離れたが故に変更せざるを得ない化儀においても、それらの全ての責任を「日達上人が己義を構えたから悪いんだ!」と日達上人に責任を集中させて会員に憎ませておるのです。

しかし、「己義を構えた」と考える浅井会長の側にこそ、実は根本的な日蓮正宗信徒としての認識の欠如が存在するのです。

言うまでもなく、日蓮正宗では大聖人様を信じ、御法主上人猊下を信じ、その御指南に従っていくのがあるべき姿です。その姿勢を保ってこそ大聖人様のお弟子であると認められて功徳もいただけるのです。間違っても御法主上人猊下が御法門の解釈を間違えるなんてことはあり得ないのです。これが日蓮正宗信徒としての資格を得る、第一歩なのです。

そして、この素直に信じることが出来てこそ、御法門が一分の狂いもなく理解出来、全てが矛盾無く収まるのです。

浅井会長はこの基本中の基本が出来てなかった。結果、時間の経過とともに矛盾点が大きく大きく露わになってきたのです。戒名がいらない。塔婆がいらない。葬儀に僧侶はいらない。等々…。このままでは、あと20年もすれば日蓮正宗とは似ても似つかない宗教団体になっていることでしょう。

顕正会員は、はっきりいって無知です。(私もそうでした。)その会員が無知であることをいいことにヤリタイ放題、勝手な教義を作っているのが現在の顕正会なのです。ですから、善良なる顕正会員は是非とも正宗の御住職様たちのお話を聞かれるといいと思います。難しい法門は正邪の区別が分からないでしょうから、「戒名は本当にいらないのか?塔婆はどうか?葬儀に御僧侶が出てくるのは本当に金儲けのためだけなのか?大聖人様は何と教えていらっしゃるのか?」と聞けばいいんではないでしょうか。おそらく浅井会長の説明とは正反対の大聖人様の行動を御書を下に説明してくださりますよ。

結局私は御住職様のお話から、血脈を信じきること、そして御法主上人を信じ切ることこそ肝心であり、それを保っている以上は何百年経とうが曲がりようが無いこと。反対にこの「信」が無ければたちまちに崩れていくこと。どんなに言いつくろってみても最後は脆くも論破されることを知ったのです。

浅井会長にはこの基本中の基本の「信」が無かったのです。そして、今は正宗の教義とは大きく大きくかけ離れていっており、そのスピードはおそろしく加速度を増していることに気づいたのです。

現在の日本ではお題目を唱える宗教は数多くあります。そして、大聖人様を御本仏と仰ぐ、正宗より破門された紛らわしい団体もあります。当に顕正会がこれにあたるのですが…。

何が正しくて、どこが仏様の御心にかなう団体なのかの判断基準は誠に単純明確であります。

その判断基準とは…、

「真に正しく、仏様より法を譲られているのはどなたなのか?」

であります。現在の日本においては、御法主上人猊下のみが正しく法を譲られたお方なのです。ですから、我々は正しく法を譲られ、護持されていらっしゃる御法主上人猊下に信伏随従してこそ、はじめて仏様の御心に叶う信行を行うことができるのです。

顕正会の皆さん!今一度落ち着いて考えましょう。仏様より法を譲られていない者を師匠と仰ぎ、ついて行くところには堕地獄という結果しか待ち受けてはいないのですよ。

御遺命は生きていた…。

そして、2つ目の引っかかりは、宗門において御遺命は厳然と生きている!ということでした。

顕正会では浅井会長がことあるごとに、「宗門は御遺命を破壊した!」「広宣流布を実現できる団体は顕正会しかない!」などと叫んでおります。しかるに、私のような単純な顕正会員たちは当然、宗門は広宣流布を目指してもいなければ、折伏もやっていない。御僧侶は金儲けだけしか頭になく、法華講員は戒壇の大御本尊様にお目通りが出来ることにあぐらをかいて惰眠をむさぼっている、信心のかけらも無い輩である。などと現実の姿とは180度違った姿を知らず知らずに洗脳されてしまっておるのです。

しかしながら、御住職様のお話のなかで、宗門の僧俗一同は広宣流布を目指して日々折伏を行じていること。広宣流布した暁には御遺命の戒壇を建立すること。等々はっきりと御遺命は宗門内部に生きていることがわかったのです。勿論私はこの時は顕正会員であることは隠しておりましたので、顕正会員に対しての口先だけの演技とは思えません。はっきりと宗門内部には御遺命は根付いており、それをもとに日々宗門僧俗の方たちは精進していると見るほうが自然でありましょう。

ここまできて、私は根本的なことに気づいたのであります。

「宗門に御遺命が生きているのなら、何も顕正会にこだわり、しがみつくこともなかろう!」

ということであります。顕正会員は正しく大聖人様の仏法を行じているのは顕正会しか存在しないとおもっております。故に、いくら顕正会に対して疑問があっても顕正会から離れられずにいるのです。

しかし、当たり前のことですが、宗門においても正しく仏道修行が出来るとしたら・・・・・・・・。

何も顕正会にこだわる必要は無い。

訓諭の件やその他諸々確認し、顕正会の主張との相違点の理解が必要ではありますが、再度振り出しに戻って考えてみようと、この時私は思ったのであります。

3つめに引っかかったのは、「文の意を知らなければならない。」ということであります。

御住職様がどんな話しの中でこの事をおっしゃったのかを申し訳ないことに覚えておりません。が、妙に強く強く心に引っかかったのです。

「この仏法の極意は文の意を知る。という所にあるのですよ。」と、ご住職様は話の中でおっしゃいました。すぐさま私の脳裏をよぎったのは日達上人の訓諭のことでした。この訓諭をもって、顕正会は宗門が学会と手を組んで御遺命を破壊したと主張いたします。そして、その文証として、六巻抄を持ち出し、事の戒壇は広宣流布の暁に建てられる戒壇堂のみであり、広宣流布以前に建てられる正本堂を事の戒壇と呼ぶのは日達上人の己義である!とこういう論法をとるのです。

しかしながら、この訓諭も六巻抄も、ただ文面のみを追いかけるのではなく、その背景および文の内側に秘められたお心を推察したとき、はたして顕正会の主張通りになるのだろうか?・・・・・・・・、いや、顕正会の言い分の逆になる可能性がある・・・・・・、それどころか、逆だった場合、それまで御法主上人をさんざんこき下ろしてきた浅井会長をはじめとする顕正会員は大謗法者となってしまうではないか・・・・・、自分の後生はどうなってしまうんだろうか・・・・・・・・・・・・・。

とにかく、私は一刻も早く家へ帰り、一つ一つ確かめたい思いに強くかられました。そして、本来の目的だった班員さんへの指導をキャンセルし、クルマをぶっとばして家へと帰ったのであります。

正義に目覚めて

家に帰り着いた私は顕正会の書籍を片っ端から読み返しました。そして数少ないのですが、手に入れていた宗門の書籍と比較検討したのです。

そして、徐々にではありますが、それまで顕正会に洗脳されて目が曇り見えていなかったものが少しずつ見えてきたのです。

一番の問題は顕正会が破門された理由を浅井会長を始め、顕正会員は自覚してないということです。いや、浅井会長は知っていると思います。しかし、顕正会という巨大組織を維持するため、あえてそれを会員には知らせていないということでしょうか…。

顕正会では正本堂を御遺命の戒壇では無いと諫める顕正会を宗門は邪魔であるから切り捨てたのである。と解散の理由をすり替えて自己を正当化しようとします。しかしながら、本当の理由はそんな所には無いのです。顕正会員は宗門は学会と手を組んで正本堂を御遺命の戒壇だと偽ろうとしたと信じ込まされていますが、真実はあくまでも正本堂は当時において、御遺命の戒壇ではないとするのが宗門の一貫した主張だったのです。よって、学会から御遺命の戒壇であると宣言せよとの圧力がかかっても日達上人はあくまでも突っぱねたのであります。

それでは、何故顕正会は破門されたのか…。

これも顕正会では教えられていないことですが、この仏法においては師弟の筋目というものを、ことのほか大事にされます。御法門を学ぶのもこの筋目に従って素直に純粋に従っていかなければならないのです。そして、素直に従っていくところに初めて弟子檀那としての資格を得るのであります。ですから、間違っても師匠に対して噛みつくなどということは弟子檀那としてあるまじき行為なのです。

もし、師匠の説かれる法門が誤りではないか?との疑問を生じたならば徹底的に納得するまで質問するべきなのです。結局は自分の方に、とらえ違いがあったということにやがて気づくのです。ただし、正信会のような事例もありますから、どうしても納得がいかないのなら宗務院にでもお尋ねすればよろしいのではないでしょうか。

しかし、慢心を起こした者はこの筋目を見失ってしまい、自分が一番正しい!師匠の誤りを正してやる!とこうなるのです。けれども、こうなってしまっては、もはや弟子檀那ではあり得ません。大聖人様の仏法を信仰する資格さえないのです。それが、浅井会長の当時の姿そのものなのです。下の位の者はどこまでも謙虚に対応すべきなのです。師匠が間違っているなら、仏様が裁かれるのです。下の者が裁くなどというのは慢心も慢心、大慢心でございます。そのようなおごり高ぶった姿勢を仏様はけっしてお許しにはなりません。

ですから、破門されたのです。日蓮正宗信徒として一番大切な法を学ぶ姿勢が著しく欠如していたのです。信徒はどこまでも謙虚に師匠を敬い腰を低くして法を教えていただかなければならないのです。雪仙童子が鬼神に教えを請う姿こそが御法門を学ぶ者のあるべき姿勢なのです。

先に申しましたように、正本堂を御遺命の戒壇としたかったのは学会です。宗門はあくまでも御遺命の戒壇とすることを拒否したのです。これが事実です。されば、大聖人様の御心に叶う信行をしていると自負するのなら、どこまでも、どこまでも御法主上人猊下の御味方をし、とことん猊下様をお守りすることこそ、浅井会長のとるべき道だったのです。

しかし、悲しいかな現実は正反対のことをしてしまった。そして、学会よりも早くその身を宗門から放り出されたのであります。

と、ここまでは自宅での検証で理解出来たのです。

その他の細かい詳細は今後調べていく必要性はあったものの、ここまで分かってしまった以上、顕正会に身を置くことが恐くなっていきました。

また、このように正義に目覚めた人間を魔が黙って見ているはずはない…。必ずや私の心を翻しにやってくるだろう…。時間は無い…。魔に打ち勝つ自信は全く無い…。魔にやられる前に仏様と縁しなければいけない…。

一刻を争う事態だ…。

そう決断した私は即刻震える手で先日お話し下さった御住職様に電話をし、私が実は顕正会員だったことを明かし、今まで顕正会員として御宗門を誹謗していた罪をお許し頂けるのか…。お許し頂けるなら、是非とも顕正会の誤りを今一度お話し頂きたい旨、そして正しく信仰していくということはどういうことなのか。こんな私でも御授戒はしてくださるのか。してくれるのなら、今すぐにでも飛んでいきたい。御法務が多忙なのは承知の上で、

「明日一番で時間を取っていただけませんでしょうか?魔にやられるのが恐いんです!」

と、一方的にまくしたてておりました…。

御住職様はこころよく承諾して下さり、私は翌日大石寺へと再度向かったのです。

御住職様より折伏を受けて四日後のことでした…。

御授戒、そして顕正会の皆さんへ

平成16年1月28日。

こうして私は晴れて日蓮正宗信徒となりました。

それからの6年間はただひたすら自身の罪障消滅と、猊下様の平成21年の御命題だけを見つめて頑張ってきました。(注・現在は12年ですね。)

その途上は言葉に表現出来ないような苦しみもありました。

人間の悲しい姿を幾度となく見せつけられました。

御本尊様の怖さと共に有り難さも数多く体験してまいりました。

今、こうして御開扉や御講にて御本尊様の御前に座ると、ただただそれだけで何とも言えない有り難さが心の底から湧いてまいります。

本当に自分ごとき者が、こうして御本尊様の御前に座ることを許して頂けている。それがどれだけ有り難いものなのか…。

この信心は決して生やさしいものではありません。「罪障消滅は命がけだ。」と仰っていた先輩もおりました。「最後は命を取るか、信心を取るかの選択だ。」と仰っている方もおりました。

「一切の私心を捨て去り、全てを講中に埋没せよ。」

私が講頭職を拝命する段における御住職様からのご指導です。これはまた御当職御法主上人猊下の庶務部長さん時代のお言葉でもあります。

けっしてこれは極端な話ではありません。むしろそれだけの覚悟と行動が伴わなければ、誓願を達成することなど不可能なのです。

顕正会では当たり前に行われていることです。

もちろん、顕正会は邪教ですから、結果は破滅しか待っておりませんが、心意気は非常に正しいものなのです。

その姿勢自体を批判される方もおられるようですが、それはその方の信心への取り組み方がまだまだなのだと思います。甘さが残っておるのです。自分の身を捨てて人を救ってこその仏様の眷属なのです。俺が俺がの我が捨てきれないうちは、本当の功徳など積めないと思います。信心はお遊びではないのです。真剣勝負なのです。

しかしながら、本気で決意し、そして行動したときに仏様は必ずその人を救って下さるものです。それを実際に体験したとき、本当の意味で御本尊様の有り難さを実感することでしょう。

本物の大聖人様の仏法は予想以上の辛さを伴います。

しかし、予想を遙かに超える有り難さもまた与えて下さるものです。

残念ながら顕正会ではこの本当の有り難さを体験することは出来ません。

顕正会の皆さんは本当に純粋で真面目な方々の集まりであることは私自身よくよく存じております。ゆえに残念でならないのです。それだけの健気な努力が実を結ばないことに…。

心ある顕正会員の皆さん、是非とも勇気を奮い起こして一歩踏み出して下さい。

戒壇の大御本尊様は、そのようなあなた方が登山参詣される日を心待ちにされていることでしょう。

そして私は「戒壇の大御本尊様に、この世で二番目に近いお寺」にてあなた方をお待ち申し上げております。

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顕正会版日寛上人本尊は本物とは紙質が相違します。

顕正会版は現代の製法で作成される紙を使用しています。

昭和30年代当時の紙を再現するところまでは、さすがの浅井さんでも不可能だったのです。

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