顕正会の誤りについて

このページでは、日蓮大聖人の御遺命を守護した唯一の団体だと吹聴する顕正会がいかに間違ったことをしているのかを紹介しております。本部の情報のみを唯一の拠り所としている顕正会員さんには驚くことばかりかと思いますが、どうぞゆっくり検証してみて下さい。

顕正会の破門について

 除名処分について 顕正会の皆さんは御存じかどうか分かりませんが、顕正会会長の浅井さんは既に御宗門より除名処分を受けております。 ...

元妙信講等処分の経過について(抜粋) 顕正会の除名に関しては、当時の大日蓮に宗務院としての文章がありますので紹介いたします。 ...

これまで浅井さんをはじめとする幹部33名が除名処分を受けたという事実について書いてまいりました。 これだけを見ると、除名処分と...

さて表題の件ですが、もともと顕正会に在籍していた人たちは顕正会を全否定したいと思う気持ちが強いようです。 それがゆえに...

物事は余計なものを削って単純化して考えると分かり易くなるものです。 そもそも妙信講(顕正会)の主張というのは、 ...

前回私は「広宣流布以前に御遺命の戒壇を建ててはいけない!」というのが妙信講(顕正会)の一貫した主張であると述べました。 これは...

正本堂が建ちあがり、再び妙信講の騒動が起こる昭和49年5月までの一年強というものは特に目立ったこともおきずに穏やかに時間が流...

妙信講の破門直前の状況について少し書かせて頂いたわけですが、改めて当時のことを見てみると、浅井甚兵衛さんならびに浅井昭衛さんは何とも...

浅井昭衞さんの間違いはどこにあるのか? 結論から申しましょう。 浅井さんの主張は確かに間違ってはいなかっ...

それでは昭和47年7月1日の日達上人から浅井さんへ出された手紙の全文を紹介いたします。 ***************...

浅井さんの除名処分の最大の理由は破和合僧なんです。 たとえ自身が正論を主張する立場であったにしても同じ信徒間において争うという...

今から5年前に浅井さんは松野殿御返事の御書講義をなし、それを一冊の書籍として会員に販売いたしました。 その中に先日の門...

前回ご説明したように、大聖人様は「同門内における怨嫉並びに争いは御法度である。」ということを仰せになっているのですね。 ...

国立戒壇について

顕正会の一番の誤り 顕正会員の一番の誤りは、 御遺命破壊から全てが始まることです。 天母山戒壇説も、事...

御遺命破壊はあったのか? 顕正会員さんの最大の誤りは、 「日達上人は正本堂を御遺命の戒壇と言っている。」 ...

戒壇の事と義について 正本堂を事の戒壇と呼んだ日達上人の御指南を指して顕正会では御遺命破壊だと言います。 はたしてそ...

固有名詞ではない それでは今度は少し違った角度から見ていきましょう。 顕正会では以下のように指導しております。 ...

日達上人の御意 前回までは、戒壇の事と義の正しい捉え方を書きました。 しかしながら皆さんの頭の中は未だに整理がつかないと思い...

顕正会員さんであれば誰でも暗記している三大秘法抄の戒壇の御文…。しかしながら、この中の「有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時」の一節を深く考えたことがある顕正会員さんは一体どれだけいらっしゃるでしょうか…。大聖人様は僧俗間の

前回、最後に引用させていただいた「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む」の浅井さんの文章の中で最近聞いた覚えのあるフレーズが入っていたのに皆さん気づかれましたか?なに?気づかなかった???そんなことだからいつまでも浅井ファミリーに良いように使わ

それでは御宗門における「有徳王・覚徳比丘」の解釈をみていきたいと思いますが、その前に…、先の記事で私が引用した「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む」の一節に、この御文を、阿部教学部長は次のように解釈する。「正しい仏法者とこれを守護する世俗の力

御虫払いと御大会の二大行事では、御開扉のおりに戒壇の大御本尊様の由来についての御説法が御法主上人猊下よりございます。これを御戒壇説法といいます。本来これは活字化されませんが、第56世日応上人の時代に活字化されたことがございました。ここに紹介

顕正会(妙信講)破門後の正本堂の意義づけ

顕正会(妙信講)が破門された理由が単なる破和合僧であり、御遺命を護ったがゆえでないことは今まで見てきました。 しかしながら、そ...

前回は現時点での御宗門における正本堂に対する認識を確認いたしました。 しかしながら、この平成16年の御講義はその直前に発刊配布...

今まで確認してきた時代は比較的単純なのですが、ここからは少し複雑になってまいります。 平成3年からはハッキリと「正本堂は御遺命...

昭和47年4月28日に有名な訓諭が出されました。 訓諭 さきに法華講総講頭池田大...

昭和45年4月6日御虫払いの御説法において日達上人は、 「『三大秘法抄』の戒壇は御本仏のお言葉であるから、私は...

さて最後に昭和40年から昭和45年についてです。 この時期は確かに正本堂が御遺命の戒壇と認識される危険性の一番あった時...

さて時代を遡ってみてきたわけですが、確かに昭和40年~昭和45年は広宣流布甚だ近しという雰囲気が宗内にはあり、正本堂が御遺命の戒壇に...

簡単に分かる顕正会の誤り

僧俗間の異体同心について書いている途中ですが…、 「あんたのブログはあまりにも複雑すぎてよく分からん…。」 との...

顕正会員の一番の誤りは、御遺命破壊から全てが始まることです。 天母山戒壇説も、事の戒壇の定義も、ありとあらゆる顕正会の誹謗ネタ...

先日の日記において“御宗門における御遺命破壊などという事実は最初から無かったのである!” とは書かせて頂きましたが、厳密に言えばそうとばかりは言えない部分もあるわけです…。それがゆえに浅井さんはあそこまで暴走してしまったわけですし、顕正会の

前回は少し話がずれてしまいましたが、「正本堂は現在においては御遺命の戒壇では無いが、広宣流布後は御遺命の戒壇になる建物である。」このような認識が当時の宗門内に強く浸透してしまっていた…。これに関して掘り下げて考えてみたいと思います。平成16

日達上人の御本意を拝すれば、御遺命は破壊されていないという事が顕正会員の皆さんにもご理解いただけたのではないかと思います。顕正会では正本堂問題に関して、第一次諌暁~第三次諌暁と三段階に区切ってその意義を述べております。しかしながら、これは顕

それでは第1次諌暁から詳しく検証していきましょう。広宣流布甚だ近し昭和40年~昭和45年における宗内の状況としては、戦後の学会の折伏により急激に増大した信徒数をもって広宣流布も間近いとの雰囲気があったのは事実でありましょう。ゆえに妙信講もま

先に顕正会員さんへの質問と称して、「顕正会「試練と忍従」の歴史」と「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む」との浅井さんの自語相違を指摘したわけですが、他にも浅井さんが正反対のことを述べているものがあるのです。特に破門以前のものは気持ち良いくらい

元顕正会員の体験談

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これは私が大石寺に収めた顕正会版日寛上人本尊の所有者であった方の手記である。 既に法華講員となった方に於いては多々同感するとこ...