顕正会の思い出 17 (大会のこと)

○○記念大会とか、○○部大会、地方大会では、必ず芙蓉楽団の演奏や、合唱、いつの頃からか、雷門会なる太鼓まで登場するハメに。

一番最初に出席した大会は、第二回武道館大総会でした。

この時は、ただタダ訳もわからず連れていかれたという感じで、覚えているのは、経済崩壊の後の他国侵逼と、広宣流布が、もう20年以内には叶うのだということ。バブル末期の頃、本当に経済崩壊するのかというのは、信じるしかありませんでした。

それから、何回も、大会と言われる集会に参加してきました。

沢山のビデオやDVDを購入しました。

何回か芙蓉楽団や、雷門会(女子)の募集がありました。

ご奉公の合間を縫って本部に通い、一生懸命練習して、演奏して、充実した顕正会ライフを送っているのでしょうか?

唯一、羨ましいと思ったのは、もしかしたら楽団に入ったら、折伏してる間はないんじゃないかとか、凄く功徳積めるんじゃないか・・・。

なんの事は無い、折伏等々ご奉公がサボれるんじゃないかという、罰当たりな会員でした。
こんな気持ちではいけない!と思う反面、違う所に逃げてそれで良いとされるならどんなに楽だろうという気持ちが常にあったのは確かでした。

それにも増して、なんで太鼓?なんで合奏?

どうしても腑に落ちなかった事がありました。

広宣流布の為の団体に、合唱や吹奏楽や太鼓の演奏が、必要である理由。

なんの為に?

学会のいろんな話を聞いたり、正本堂落慶式の模様が伝えられたりすると、仏法とは関係ない事だと、顕正会とは違うのだと散々に貶しました。

でも、一緒じゃないか?と思ってしまうのは私だけ・・・それとも?

大会の前座に、冨士軍楽隊(スゴいネーミングセンス(*◊*;))とか芙蓉コーラス、30分くらいあるかな・・・。

隊の制服は、手造りです。どこにそんな時間があるのでしょう?

なんでそこまでするんですか?

広宣流布する事が唯一の大目的で、目的が達成されれば解散するという団体に、そんな歌ったり踊ったりする間があるのか?

そんなことより折伏じゃないか?

もっと大々的に社会に、国民に訴える方法は無いのか?

大会を開催すると、ホールの責任者に、顕正会は礼儀正しい素晴らしい団体だと褒められるという。だったら、その人たちを折伏したのかというとそうでもないらしい。

ボランティアで頑張ってる整理班の人達には、頭の下がる思いだけれど、でも、結局はその世界しか知らない顕正会員の自己満足。

大法戦場という良くわからない、人生を賭けて戦う未来のために、一生懸命頑張って、いつの間にか平成が終わります。

2020年代は、すぐソコに。

あっという間に年月は流れて、広宣流布しているハズの未来はもう過去の記憶になってしまいました。

次は三百万ですか。いつになったら顕正会は解散出来るのでしょうね。

もう、いい加減にしませんか?

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