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顕正会版日寛上人本尊は紙の質が本物とは違うのである!!!!!

顕正会版日寛上人本尊がニセだと私が言いきる根拠…、

それは…、

御文字の書かれている「本紙」が本物の御宗門の日寛上人御本尊とは全く違う製品で出来ているからなのである。

これから順を追って説明していきたい。

本紙と表装

顕正会員さんも御存じかとは思うが、御本尊様というのは御文字の書かれた「本紙」と呼ばれる部分と「表装」と呼ばれる本紙の周囲にある模様の入った部分とで構成されている。

この表装部分は化粧直し等で新しいものと交換されたりするわけで、この表装が本物とは違うからニセだとは言えない。そもそも顕正会版日寛上人本尊はこの表装部分が本物よりも大きいものを使用している。

サイズは現在御宗門で使用しているサイズ。すなわち日顕上人の御形木御本尊や日如上人御形木御本尊と同サイズなのである。

これが実は顕正会版日寛上人本尊を大きく見せている理由なのである。

実際に両者を並べてみれば一目瞭然で、本紙サイズは全く同じ…、1ミリの相違もない。

しかしながらそれぞれを別個に拝すると、不思議なことに顕正会版本尊の方が大きく見えてしまうのである。

まぁ、そんな話はどうでも良い。

肝心なのは、表装部分はいくらでも交換可能であるが御文字の書かれている本紙部分は絶対に新しく出来ない。ということなのだ。

すなわち、顕正会版日寛上人本尊が本物であるかどうかは、この本紙部分が本物と相違ないか否かを見れば良いのである。

そしてその結果は…、

顕正会員さんにはお気の毒だが、

顕正会版本尊は当時の紙には必ず存在する“あるもの”が無いのである。

信じたくはないだろうが、本物の日寛上人御形木御本尊が御下附されていた昭和30年代には存在し得ない平成に入ってからの紙が顕正会版日寛上人本尊の本紙には使用されているのである。

酸性紙と中性紙

普通の方はほとんど御存じないだろうが、日本における紙の歴史において1990年頃を境に大レボリューションがあったのである。

それは何か?

百聞は一見にしかずである。まずは次の写真を見て頂きたい。

昭和31年の大日蓮です。ページの縁が茶色く変色しております。

昭和31年の大日蓮です。ページの縁が茶色く変色しております。

(写真をクリックしてもらえば大きく拡大してご覧になれます。)

次に平成10年の大日蓮をご覧いただきたい。

平成10年(戒壇の大御本尊様御遷座の時)の大日蓮です。向かって左のページを注目。ページの縁は変色しておりません。

平成10年(戒壇の大御本尊様御遷座の時)の大日蓮です。向かって左のページを注目。ページの縁は変色しておりません。

(写真をクリックしてもらえば大きく拡大してご覧になれます。)

双方の大日蓮のページの縁を比べてもらいたい。昭和31年の大日蓮は茶色く変色しているが、平成10年の大日蓮は変色していない…。

これはなぜなのか?

実は昭和31年当時の紙は「酸性紙」というものが使用されているのである。

皆さんも小学校時代に習字をしたことはあるだろう。その時を思い出してほしい…。墨を硯ですって半紙にいざ書かん!としたら、ボヤッーと文字が滲んでしまった経験があると思う。

これは何も習字に限ったことではなく、印刷に於いても同じ現象が起こるのである。すなわち印刷のインクが滲んでしまうという問題が存在するのである。それを解決するために紙の製造過程で紙に「ロジン(松ヤニ)」という物質が使われ、それを定着させるために「硫酸アルミニウム(硫酸バンド)」が使用される。ところが、この硫酸アルミニウムというのが曲者で、紙の劣化を促進してしまうのである。

1980年代中頃には日本でもこの問題がクローズアップされ、1990年代には使い捨ての新聞紙等をのぞくほとんどの紙が中性紙というものに切り替わったのである。

上記写真は典型的なその証拠である。

つまり、時代と共に本物の御本尊様に使用されていた酸性紙は姿を消し、嫌でも中性紙を使用しなくてはならない時代になってしまった。

これが表には見えない真実だったのである。

復刻版

この論理を分かりやすく説明したい。

最近は私たちの子供時代に食べた懐かしい駄菓子などがスーパーやコンビニで売られていたりする。

「懐かしい!」

と思わず買ってしまったりするわけだが、これと同じ販売手法は私の好きなオートバイの世界にも昔からあったりする…。

次の写真を見てほしい。

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この2台のオートバイ…、こういったものに興味のない女性方は「両方とも同じバイクでしょ?」なんて思うかもしれないが、実は全く違う時代に作られた違う車種なのである。

上の写真は往年の名車z1で、下がその復刻版ともいえるゼファー1100である。

z1は私が小学校に上がる前後くらいに販売していたオートバイだ。まだそのころは私もオートバイになんか興味は無く、実際にこれが街中をバンバン走っていた姿は記憶の中には残っていない。(私が興味を持ち始めたのはCB750Fというのが巷に出始めてからである。バリバリ伝説が流行る少し前の話だ。決してバリ伝の影響などというミーハーなものではない。)

でもって、下のゼファー1100は確か私が20歳の頃だったろうか…。250のオフロード車にテントとシュラフを積んで九州まで行った際に福井の海岸にたたずむこのバイクを見て「おぉ~!かっこいい!!!!」「いつかはこれに乗りたい…。」なんて一目ぼれしてしまったバイクである。多分発売されたのもそのころだったように思う…。

けっきょくそれから6年後に奥さんを拝み倒して買ってしまったのがこのバイクだ…。これもまたどうでも良い話なのだが…。

で、何を言いたいのかというと、絶大な人気があったバイクを現代に甦らせるというのがこのバイクのコンセプトだったと思うのだが、カラーリングは確かに当時のままにコピーはしているものの、エンジンもフレームも全てが現代の物を使用して構成されているのである。

当時のパーツを新たに作り直せば全く同じものが出来るのではあろうが、それをするにはコストがかかりすぎる…。けっきょく現代において用意できるパーツを流用して面影だけは当時のスタイルにしているのである。

実は顕正会版日寛上人本尊もまたこれと同じ道理なのである。

浅井さんは元印刷屋である。ゆえに印刷する技術に関してはお手のものだろう。また、御本尊様を手掛けたことのある経師屋であるならば、本物と同じように御本尊を作り上げることは朝飯前だ。しかし…、しかしなのである…。

そのパーツである紙自体が平成の世になってから手に入らなくなってしまったのである。もちろん現代において御本尊様に使用する紙自体はいくらでも用立ては出来る。しかし、昭和30年代の御本尊様用の紙は既にこの世に存在しなくなっているのだから、どうしようもない。浅井さんが工場を建てて紙作りから始めるならば良いのだろうが、それには気が遠くなるような金額の投資が必要であろうし、どう考えてもそこまでは出来ない…。

必然的に現代の紙を使っての本尊作成になってしまうのである。

次回はその紙の見極め方をお話ししよう。

顕正会版日寛上人本尊は本物とは紙質が相違します。

顕正会版は現代の製法で作成される紙を使用しています。

昭和30年代当時の紙を再現するところまでは、さすがの浅井さんでも不可能だったのです。

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