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顕正会版日寛上人本尊も贋物です!

顕正会が勝手に本尊を作成した謗法行為を指摘するとき、その全ては会館安置の日布上人大幅御形木御本尊に集中する…。

これは御宗門としてそのような御本尊様を下附した過去が一切ないがゆえ、そんな素っ頓狂なものは顕正会が独自に作成した以外に考えられない!という理由からによる。当然のことながらこれが正真正銘御宗門より御下附された御本尊様であるならば猛然と顕正会側から反論があってしかるべきではあるが、正式に御宗門より批判されてから10年以上の歳月が経つというのにいまだにハッキリとした回答は無い。

まぁ顕正会側からすれば、これらの本尊は会館に厳重に管理されているがゆえ、その真偽が御宗門や法華講員の手によってなされる…、ウソを暴かれるということは100%あり得ない!とたかをくくっているのであろう。

確かにその見立ては正しい。

しかし…、

顕正会は自宅拠点用として日寛上人の御本尊もまた会員に配っているわけだ…。この本尊の真偽が糺されたならば、いくら浅井さんが松本さんから譲られた本尊だと力説しても、その誑惑は一気に崩れ去る。

顕正会から一気に会員が法華講に流れ込むのは必然であろう。

その作業にこれから取り掛かろうと思う。

前もって断わってはおくが、これから書く顕正会版日寛上人本尊の真偽に関しては一切御宗門は関知していない。私個人の見たままの事実を個人的意見として述べさせていただき、その信ぴょう性は閲覧者の判断にお任せするものである。

私の拙い情報が、多くの顕正会員の地獄行きを阻止できることを願うものである。

顕正会版日寛上人本尊の実態

まずは実際に配られている顕正会版日寛上人本尊についてだが、この本尊は本当に良くできている…。パッと見は全く本物と同じである。サイズも一緒。御文字も全く本物とは相違ない。どこからどう見ても本物にしか見えない代物である。

ゆえに浅井さんも安心して会員の管理下に置いているのであろう。万が一これらが御宗門の手に渡っても決して偽物だとは見破れないだろうと確信している訳である。

実際にこの顕正会版日寛上人本尊は元壮年部長の手によって彼が平成16年に入信する際に大石寺に引き渡されている。また、私自身も滋賀の自宅拠点にあった顕正会版日寛上人本尊を平成19年6月23日深夜に大石寺に持ち込んでいる。

しかし、その後この件に関しては御宗門としての公式見解は出されていない。唯一今年に入ってからの慧妙において上記元壮年部長の手記内でこの本尊を「ニセモノ」だと断定し、それを記事として掲載しているのが間接的に認めていると判断できるたった一つの事実である。

顕正会本部としては当然のことながらこれらの事実は把握している。そして既に10年以上の歳月を経るにも関わらず御宗門がこのことを攻撃してこないことにほっと胸をなでおろしているのであろう。

そしてあろうことか、その謗法行為に更に拍車をかけ、自宅拠点の更なる増設をしているのである。

御宗門はなにゆえ断定しないのか?

ハッキリ言って私はこの10年弱はがゆい思いをしてきた。

なぜ御宗門は贋物だと言い切らないのか、なぜこのような謗法行為を黙認しているのか。顕正会の息の根を止めるにはニセ本尊の件を徹底的に攻撃するのが最善である。実際に現物を手にしてもなぜそこまで踏み切らないのだ!と…。

当初は相当にカリカリしていたものだが、時が経つにつれ何となくそのあたりが理解できてきた。

顕正会員は知らぬだろうが、御宗門に於いては「御本尊に関する一切は御法主上人のみに許される。」ことなのである。つまり、本物の御本尊様を御認めになるのは当然のことではあるが、贋物であるとの判断もまた立ち入るのは恐れ多いことなのである。

したがって私もこの10年弱は自重してきた。しかしながら、上記慧妙においてニセ本尊との断定を間接的ではあるにせよ公開したという事は、その背景を考慮すれば、ある一定の範囲の常識あるものであれば私が見てきたことを公表しても許されると判断した。

そこで今回いよいよ顕正会版日寛上人本尊の瑕疵をここに公表する決意をしたのである。


顕正会版日寛上人本尊は本物とは紙質が相違します。

顕正会版は現代の製法で作成される紙を使用しています。

昭和30年代当時の紙を再現するところまでは、さすがの浅井さんでも不可能だったのです。

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