顕正会自宅拠点だった方の手記

これは私が大石寺に収めた顕正会版日寛上人本尊の所有者であった方の手記である。

既に法華講員となった方に於いては多々同感するところもあろうかと思う、またこの自宅拠点用顕正会版日寛上人御形木本尊をめぐる本部側の気違いじみた行動は「自らニセ本尊だと自白している様なもの。」である。

それを是非ともこの機会に皆さんにも知って頂きたく思う。

また、最後にはこの手記を書かれたニシケンさんが顕正会員の皆さんに「もっと多くのニセ本尊を御宗門に持ち込んでほしい。」と呼びかけているが、私もまさに同じ気持ちである。何十、何百、何千というニセ本尊がこちら側の手に入れば必ず状況は変わる…。

結果として多くの純粋な顕正会員さんを救う事が出来るのである。

一にも早くその日が来ることを私は切に願うものである。

元顕正会自宅拠点ニシケンさんの手記

あれから・・・


昨年(平成19年)六月二十三日 顕正会を脱会しました。
六月二十四日 御宗門へ帰依、顕正会から除名処分を受けました。

顕正会を脱会と同時に除名されて一年が経ちました。

そして、御宗門へ帰依してからも一年が経ちます。

あっ!と言う間の一年間でした。
顕正会を脱会して全く後悔はありません!

寧ろ、心は晴れ晴れ、顕正会時代の疑問が一掃されました。
顕正会で約十年という歳月を無駄に過ごした事、日蓮正宗、御法主上人猊下様を悪口、中傷していた事が本当に悔やまれます。

無駄に罪障を積んでしまいました。

仏法も良く分からず、顕正会のみが唯一正しいと信じ込み「仏法ゴッコ」をしていました。(笑)
顕正会員の願いは大聖人様に通じていると思い込んでいました。

「通じている」と、思い込むのは勝手! 信じるのも自由!です。

しかし、間違っていれば通じる訳がありません。

「一念信解でいい!」と信じていても間違っていれば通じる道理がありません。

顕正会には大聖人様へ通じる血脈はありません。

もし、血脈があると言うならば文証で説明してほしいものです。

昨日の事のように・・・。


六月二十四日 御宗門へ帰依する為に家族と息子の彼女も一緒に大石寺に行きました。
初めての大石寺。
私は元学会員でした。

過去に大石寺に参詣しているのですが若かった事もあり、あまり記憶にありません。

初めて行くような感覚でした。

約三十三年ぶりの大石寺でした。

家族達は本当に初めての大石寺への参詣です。

顕正会では御宗門の事を悪く言っていたので不安は隠せない様子でした。

法華講員の方と待ち合わせていたのですが、予定より三十分ほど遅れてしまいました。

何度も電話で確認してくださり御心配をお掛け致しました。

車で曲がりくねる山道を走り抜け、まもなく大石寺に到着という時に、急に目のが開け朱色に輝く三門と広大な大石寺が見えた時には本当に感激しました。
「朱色に輝く三門」大きくて立派な門です。
顕正会の時に想い描いていた大石寺とは全然違っていました。

顕正会では大石寺はペンペン草が生え、荒れ放題と聞かされていたのです。

全くの“嘘”でしたね。(笑)
兎に角、大きくて綺麗! もうワクワクしてしまいました。(笑)

その時、顕正会って「何て嘘付きなんだ!」て、思ってしまいました。(笑)

私は関西在住の顕正会員でした。

なので関西初の会館、「大阪会館」が出来る事を心待ちにしていました。

完成して行って見れば「小っちゃ!」これが第一印象でした。(笑)

だから、大石寺の大きさと立派さには本当に驚きました。
顕正会員さんには、大石寺の広大さをどのように説明すれば伝わるのでしょうか?

例えば、大石寺を東京ドームとすれば、顕正会の本部会館は6畳一部屋のワンルームってとこでしょうか?(笑)

まっ、大きさで正邪を語る積もりはありませんけどね。
やっと法華講員の方と会えました。

この時の法華講員さんとは、イトマンさんと六道仙人さんでした。実は、前日(二十三日)、桜梅桃李さんは川崎から、イトマンさん、六道仙人さんは新潟からわざわざ自宅まで来ていただいて、顕正会の間違いや己儀を教えて下さいました。

顕正会の本尊が偽物である事も・・・。(涙)

そして、婦人部と男子部の幹部達と一戦交えて下さっていたのです。

この日は本当に修羅場でしたね!(笑)

次から次へと婦人部、男子部の幹部が押しかけ、

押し問答が深夜まで続きました。

妻は電話で総合婦人部長ともやりあっていました。

この時、総合婦人部長の口から

「御本尊が偽物でも本物でも関係ないのよ!」

の、発言が出たのです。

妻は総合婦人部長の口から、このような謗法発言が出てくるとは夢にも思っていなかったのでショックで泣いていました。

翌日も男子部幹部が押しかけて来ましたが、早朝から私達家族は大石寺へまっしぐら・・でした。

御受戒を


イトマンさん達と合流して駐車場から菩提寺へ向かう途中、裏門、客殿、参道、御影堂などの説明をして頂きました。

その間、約10~15分掛かってしまいました。

広いですね~大石寺は。(笑)

でも、大石寺は広いだけじゃないです。

清掃も行き届いていて本当に綺麗でした。
そして、いよいよ御住職様と御対面!

緊張しましたが、御住職様を始め奥様、講頭様が大変気遣ってくださり家族も安心した様子でした。

そこで、顕正会の誤り、御宗門の正しい事を再度教えていただき御受戒へとなりました。
御受戒の為本堂へ移動。

菩提寺の本堂では日寛上人様の常住御本尊様が御安置されていました。1畳ほどもある大きな常住御本尊様です。
日寛上人様の常住御本尊様の御前で御受戒が始まりました。

御受戒の儀式は厳粛でした。

「やっと!やっと!大聖人様のお傍に来る事が出来た!」

「長かった!随分遠回りした」

「遠回りしたからこそ、この有難みが分かるんだろうな~」

家族共々、晴れて大聖人様のお傍に着けた事が本当に有り難く、胸に熱いものが込み上げてきました。

顕正会の入信勤行が如何にいい加減なものであるかを分からせて頂きました。

更に、御本尊様までも御下附して頂きました。

御法主日如上人猊下の御本尊様です。

顕正会で謗法を犯してきた我が身が、勿体なくも御本尊様を御下附して頂いて良いものか?との戸惑いもありました。

御住職様からは、

「各家庭に措いて御本尊様を御安置すると云う事は、御本尊様を御守りすると云う事だけでなく御本尊様に護って頂くという事です。家庭が護られると云う事は家庭が即仏国土になると云う事です。一生信心を貫く為には御本尊様は絶対必要です。(趣意)」

等の御指導を頂き、有り難く御本尊様を御下附して頂く事にしました。

これで、晴れて日蓮正宗の信徒として人生を歩んで行く事になりました。

「御開扉」


この後、ついに「御開扉」となりました。(キャッ!)

「御開扉」とは大御本尊様=御本仏=日蓮大聖人様への御目通りの事です。まさか「御開扉」まで叶えて下さるとは思いもしませんでした。
顕正会では「御開扉」を御不敬と叫んでおります。とんでもない事です。

日蓮大聖人様への御目通りが御不敬とは何たる言いぐさでしょうか。

「御開扉」を金儲けと罵る輩こそ金の亡者と言えると思います。
初めて見る奉安堂、なんと立派で大きい建物なんでしょう。

その大きさに「もうビックリ!!」でした。
この奉安堂も浅井会長は「安普請」と罵っていましたね。

「安普請」とは顕正会の本部会館、その他地方会館の事を言うのです。(笑)

広大な土地にそびえ建つ奉安堂、うしろでは美しい富士山が一望できる最高の風
景です。

(当日は曇り空でした。トホホッ・・涙。しかし、後にこの天気が諸天の助けと
なるのです)

「御開扉」は誰でも受けられるものではありません。

日蓮正宗信徒であることが絶対条件です。

所属寺院にて添書という信徒であることの証明書を出して頂き、その上で総本山にてその添書を提出した上で初めて御開扉を受けるための許可を頂くのです。

奉安堂の門から本堂に入るまで数回の許可書のチェックがあります。

顕正会員の皆さん、大御本尊様は厳重に御守りされている事がお解かりになるでしょうか?

こっから先は秘密です!(フフフッ)

日蓮正宗信徒の特権と言う事で!(笑)

ごめんなさい!

でも、1つだけ!

大御本尊様の御尊容は「想像以上に素晴らしい 涙、涙」と云う事です。

そして、遠目ではありましたが日如上人猊下様のお姿も初めて拝見する事が出来ました。

「御開扉」を終えて


御住職様や皆さんとお話をした後、いよいよ帰路に向かう訳ですが、まだ、大事な儀式が残っています。

そうです!

御下附して頂いた御本尊様の「御本尊様送り」「御入仏」が残っているのです。

御住職様と講頭様が我家に来てくださる事になりました。

夕方4時過ぎ、二台の車で大石寺を出発。

既に雨は降り出しています。

自宅まで約5時間ほど!

高速道路(名神)に乗る頃には更に雨足が強くなり、バケツをひっくり反した様な豪雨になっていました。
実は高速道路に乗った時くらいから、息子の携帯へ男子部幹部から電話が入ってきました。

そして、息子の彼女(現・嫁)の携帯にも女子部幹部から電話が入りだしました。

女子部幹部からの電話は彼女を何とか顕正会へ引き戻そうとする内容でした。
息子の電話は違いました。


「御本尊を返せ!」でした。

顕正会版は・・・


二十三日、桜梅桃李さんとイトマンさん、六道仙人さんが自宅へ来てくださった、その時、我家の御本尊が偽物の可能性が非常に強い事が判明しました。
我家には、昔、私が学会時代に頂いた御本尊様を御安置していました。

御隠尊日顕上人猊下の御本尊様でした。私は学会の組織から離れていた為に勤行などもしていませんでした。

今思えば、学会組織から離れていた為にコピー本尊と交換することも無かった訳です。
妻は私より二年ほど早く顕正会に入会しました。

その頃は、顕正会も御隠尊日顕上人猊下の血脈は否定しておらず、妻は自宅の日顕上人猊下の御本尊様を毎日拝むようになりました。

私の入会勤行も日顕上人猊下の御本尊様でした。

昔は、日達上人、日顕上人の御本尊様で入会・入信勤行が行なわれていました。

顕正会では平成十一年、日顕上人の血脈を否定するようになりました。

そして、日達上人の御本尊様までも否定するようになったのです。

それまでの入会・入信勤行は無かったとでも言うのでしょうか!

それまでに入会・入信された方の信心はどうでも良いというのでしょうか?

理不尽、無慈悲な会長ですね。
我家では、平成十一年六月六日に、日顕上人の御本尊様と顕正会の御本尊とお取替えして自宅拠点となったのです。


その御本尊が偽物と判った時のショックは言葉では言い表せません。

約八年間、何も知らずに手を合わせていたのです。

多くの方が偽本尊の前で入会・入信勤行をしていったのです。
私と妻は顕正会の間違いに気付き御宗門へ移る決心は付いていたのですが、顕正会の御本尊が偽物だった場合本物の御本尊様をどうすればいいのか?
随分悩みました。

選択肢は2つ!

・偽本尊と本物の御本尊様を交換してもらう。

・偽本尊を御宗門へ渡す。

でした。

・偽本尊と本物の御本尊様を交換してもらう。 については、偽本尊を返したところで預けた本物の御本尊様が返って来る保障はない。預けた御本尊様と違う御本尊様とすり替えられて返って来る。この事は、元学会員が同じように顕正会で御本尊を取替えたが、気が変わって再度交換を要求したら、ボロボロの御本尊が返って来たと嘆いておられた書き込みを見たことがあります。他にも同じような方がおられ嘆いておられました。


そりゃそうでしょうね。偽本尊を作る性根であれば本物の御本尊様であっても扱いは雑でしょうね。それでも、本物の御本尊様を魔の手から救う事はできないか?このままにしておいて御不敬にあたらないか?との想いを消す事は難しかった。

・偽本尊を御宗門へ渡す。 については、顕正会の偽本尊疑惑は「日布上人の大幅御形木御本尊」「日寛上人の御形木御本尊」です。「日布上人の大幅御形木御本尊」は、本来何処にも存在しない御本尊であり地方会館に多数出回っています。「日寛上人の御形木御本尊」は、余りにも数多く出回り過ぎています。浅井会長の過去の発言では数百幅と言っていたが、恐らく現在では千幅を越えていると思われます。

このような状況から御宗門では顕正会の御本尊は偽物であると確信されていたが、物的証拠が無かったのです。しかし、私より少し前に御宗門へ顕正会の御本尊を持ち込まれた方がおられました。これにより、顕正会の御本尊は偽物であるという確証に大きく近づく事が出来たのです。

今回私達が顕正会の御本尊を御宗門へ持ち込むことによって、更に検証が進み偽本尊である事を証明出来るという事になるのです。

もし、仮に顕正会の御本尊が本物なら本来は顕正会に返す道理はなく御宗門へ返すのが道理です。所謂、顕正会の御本尊は御宗門から借りた股貸しみたいなものなのです。

私と妻が出した結論は後者でした。

大聖人様はどちらを選択すればお喜びになられるか?無い知恵で考えました。

大聖人様の御化導は人類救済です。浅井会長に騙されている顕正会員が哀れです。多くの顕正会員を正義に目覚めさせる為には顕正会の偽本尊を公にする必要があります。公になって多くの方を正宗へ導く事が出来れば大聖人様はきっとお喜びになられる。多くの顕正会員を浅井会長の呪縛から救う事が出来る。これが、私達の結論でした。

この結論には賛否両論有るかもしれません。非難中傷も否定は致しません。恐れるのは大聖人様の御眼だけです。大聖人様の御意に叶っている事を祈るだけです。

御入仏式


話を元に戻します。

電話では男子部幹部から「御本尊を返せ!」の連続でした。

そして、男子部幹部からは「ニシケン一家は除名だ!」と言われました。

彼女も女子部幹部から除名を言い渡されていました。
「返せと言われても既に御宗門へ渡しました!」と何回言っても「返せ!の一点張りです」

この男子部幹部は、浅井会長、総合婦人部長から何としても御本尊を取り戻すように言われていたみたいです。

実は、偽本尊は、前日桜梅桃李さんにお渡しして、その日の内に大石寺の御住職様の手元に渡っていたのです。

だから、私達は「御宗門へ渡しました」としか言いようがなかったのです。前日の修羅場でも総合婦人部長と幹部から「御本尊を返せ!」と言われていたのです。「返せと言われても既に御宗門へ渡しました!」のやり取りでした。

男子部幹部は夕方から私達の自宅周辺で待ち伏せをしていたようです。

「いつ帰って来る!」

「何時になる!」

「家の前で待っているから御本尊を返せ!」


この様子を御住職様に御伝へすると

「話があるなら直接私の処へ電話するようにと言いなさい」と御指導を受けました。

この事を男子部幹部に伝へると勢いは無くなってしまいました。帰りの車中ではこのような事がず~と続いていました。

外は大雨です。

自宅近くのインターを降りる頃には雨は小降りになっていました。時間は十時半を回っていました。まだ、男子部幹部がうろついているかも知れないと心配していましたが姿は見えません。どうやら、大雨と時間が遅くなったので諦めたようでした。
そして、何よりも偽本尊は既に御宗門の手に渡っていた事で諦めるように本部から指示が出たのでしょう。

この一件以来、顕正会とは一切係わる事はありません。

嫌がらせ等の電話もありません。(笑)

今では私達の姿を見たら向うが逃げていきます。(大笑)

気持ち悪いほどアッサリと身を引いてしまいました。
御住職様からは

「これが諸天の働きです!」

「魔は逃げて行くのです!」

「大雨も諸天が味方をしてくれたのです。」

との御指導をして頂き、無事「御入仏」を滞りなく終わる事が出来たのです。
この後、御住職様と講頭様は、また、5時間掛けて大石寺へお帰りになられました。

私達のような一信徒の為に、ここまでしていただける有り難さに大慈悲を感じられずにはおられません。(涙、涙・・・)

この御報恩に是非お答えして行けるように信心に励みたいと思います。
昨年の事はここまでです。

顕正会員の皆さん


組織内にいては間違いに気付く事は難しいですね。
情報操作、マインドコントロールなどで洗脳されている事に気付かないのです。
組織、幹部、会長への疑問は「怨嫉」「信心が歪んでいる」として叱咤されてしまいます。疑問を抱く事は「謗法」と決め付けられます。
大聖人様は御書を多く残されておられます。

信徒へ送られた御書の大半は、励ましや疑問に答えられた物ばかりです。

疑問を持つ信徒に、頭ごなしに「怨嫉」「信心が歪んでいる」として叱咤された物は一つもありません。

大慈悲でもって丁寧にお答え下されています。
顕正会は慈悲が無いのです。

仏弟子と称しながらも、実態は只の素凡夫の集まりだから慈悲が無いのです。寧ろ、「四悪趣」の集団と言えます。

折伏という名の元に四悪趣丸出しの境界で廻りの者を巻き込んで行きます。

広宣流布とは大聖人様の教義が広まる事をいいます。浅井会長の己義を広める事ではありません。大聖人様の教義以外の物を広めると云う事は人々を幸福から遠ざける事になります。大聖人様の御本意から外れる事になります。


「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く、一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥(たし)かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布の大願をも成就すべきなり。」(最蓮房御返事  文永十年一月二十八日)


この御金言は「折伏理論解説書」にも載っていますね。
「一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば」果たして、顕正会員はどれ程の数の御金言を知っているのか?

会長の都合の良い御書だけを勉強しても「如説修行」は出来ません。「勝妙の大果報」は得られません。他の御金言を拝すれば顕正会の大謗法は明らかです。但し、この御金言も顕正会員には虚しい限りですね。

「法華経の行者は信心に退転無く・・・」正法に帰依してない顕正会員は、「法華経の行者」には当てはまりません。

顕正会員は「浅井教の行者」なのです。

「渇仰恋慕」


大聖人様への「渇仰恋慕」の想いがあれば顕正会の間違いに気付くはずです。
幹部による会長への賛嘆の数々、まるで会長が会員達を救うみたいな言い方。

「菩薩の生まれ変わり」「日興上人、日目上人の生まれ変わり」「会長本仏論」まで言う者がいいます。
全く根も葉も無い、いい加減な言動です。
会長は只の素凡夫です。
素凡夫に素凡夫を救う力なんて微塵もありません。

寧ろ、多くの会員を騙し悪道に向かわせている邪師、悪師です。
素凡夫を幸福な境界へ導いて下さるのは、御本仏、日蓮大聖人様以外には居られないのです。
仏法を知らない末端会員が会長を「神格化」しても、幹部はそれを諌め日蓮大聖人様の御徳を語るべきなのです。

会長を「菩薩の生まれ変わり」「日興上人、日目上人の生まれ変わり」のように「会長本仏論」「神格化」を思わせるような事を幹部会で発表させ、会長自身も容認している事は大間違いです。
更に驚きの事実があります。
登壇者が体験発表の原稿に「大聖人様の功徳に守られ」と書くと、「浅井会長の大信力に守られ」に訂正されると言うから驚きです。

そして、この訂正を平気でやっているのが会長自身と言うから更に驚きです。
これらのマインドコントロールも大聖人様への「渇仰恋慕」の想いがあれば顕正会の間違いに気付くはずです。
「仏様はどなた様か!」常にこの事を忘れなければ必ず気付けるはずです。盲目、盲信にはならないで下さい。

最後に・・・


最後に、現役顕正会員さん、又、日蓮正宗に帰依されていない元顕正会員さんへお願いがあります。


顕正会の偽本尊は極悪です。


多くの顕正会員の方が本物と信じて人生を賭けておられます。

人生を台無しにされた方、家族が崩壊した方等、沢山おられます。

このような方達を救うのは皆さんの勇気しかありません。

過去に顕正会で自宅拠点されていた方、或は御本尊をお取替えした方がおられましたら、
是非、お手持ちの御本尊を御宗門へ持ち込んで検証してもらって下さい。

御宗門末寺へ持ち込まれてもかまわないと思います。


事情を説明すれば受けとって下さるかもしれません。


もし駄目なようでしたら私達に連絡を下さい。

或は、ブログを開設している私達や法華講員の方に連絡していただいてもかまいません。


顕正会の偽本尊を公にするには、もっと数が必要です。


今まで、浅井会長の口からは一度も顕正会の本尊が偽本尊である、などの発言はありません。全て松本元住職から頂いた本物の御本尊と主張しています。


会員も大多数が本物の御本尊であると信じて活動に飛び回り、御供養にも参加しています。
もし、御本尊が偽物であると知っていれば入信したでしょうか?

活動に没頭し、御供養をしたでしょうか?


御本尊が偽物であることを立証できれば詐欺として告訴も出来るのではないかと思います。

その為にはもっと証拠となる偽本尊が必要です。

そして、そこから芋づる式に会館の御本尊も調べる事が出来るのではないかと考えます。


総合婦人部長の「御本尊が偽物でも本物でも関係ないのよ!」

この発言は既に「偽本尊」の存在を知っているからだと思います。

恐らく、浅井縁者の幹部は真相を知っているはずです。多くの盲目会員を救う為です。どうか御協力をお願い致します。

  

顕正会版日寛上人本尊は本物とは紙質が相違します。

顕正会版は現代の製法で作成される紙を使用しています。

昭和30年代当時の紙を再現するところまでは、さすがの浅井さんでも不可能だったのです。

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コメント

  1. 元顕正会女子部 より:

    ショックです!

    リアルの声、今回のニシケンさんや元顕正会の方々の手記の一覧があると良いですね?

    ちまたには未活動も多いと思います
    活動に反対して心配している家族も多いと思います
    慈悲の思いで、ツイッターなどでより広く多くの人の目にリアルを入れる

    サティアンの中から外から
    気づく人が増えれば

    サティアン崩壊は近いですね!

    渾身のブログありがとうございます‼

  2. 元顕正会女子部 より:

    異体同心、慈悲の拡散希望項目は

    ①勝手に次男理事長就任登記簿謄本
    ②ニセ本尊検証とリアル体験
    ③バカだな~~~~自分以外を見下す恥ずかしい動画および恥ずかしい台詞の書き起こし
    ④原発推進の恥ずかしい動画および台詞の書き起こしと、近年の特集号真逆の新聞記事の比較
    ⑤どれだけ宗門に移動したかのリアルな合計数とその方々の体験談や手記
    ⑥自画自賛、作詞作曲自作自演の両眼滝の唄
    ⑦顕正名物、一度も当たらない予言迷言比較一覧
    ⑧富士大石寺ほか詐称、新聞や供養や茶寮奉仕の詐欺的搾取の違法性や法的責任
    ⑨カツエイさんカトウさんコミネさんオオヌマさんオオサワさんイシイさんサイトウさん、かつての幹部が誰もいない

    等々

    隠れ脱会願望者や未活動から内部の情報はナイショで沢山届いているとのこと、皆様のコメント欄からうかがえま
    ネットを禁止しながら本部はこれをこそこそ見ていますね?
    どこか正々堂々ですか?
    正しいなら法論すれば良いだけです
    きっと偽物の正義だから疑心暗鬼で苛立ち、訳のわからん説明会や訳のわからん決起集会ばかりして、余計会員の不信感を煽り憔悴している様子が自分のところにも届いています

    • 桜梅桃李 より:

      元顕正会女子部さんへ

      参考になります、アドバイスありがとうございます。

      顕正会から法華講への移動人数については御宗門は把握しているのでしょうが、私どもでは知ることが出来ません…。ただ相当な人数が入ってきているのは確かだと思います。

      出来ることからコツコツと取り組んでみます。

  3. 匿名 より:

    顕正会本部を埼玉から追い出してください。親戚の家の近くが会館です。地元に帰るのが苦痛です。ピンポンしてきて町をメチャクチャにしているらしい。知事にも手紙を送りました。政権批判ばかりしている狂信的な団体だと書きました。

    • 桜梅桃李 より:

      匿名さんへ

      私の周囲の情報を聞くだけでも最近は訪問しての折伏(勧誘)が多いようですね…。

      それだけ切羽詰っているのでしょうかね…。

      ただ、焦らなくても大丈夫ですよ。浅井昭衛さんが亡くなれば数年も経たずに顕正会は崩壊します。そのXデーもそう遠くないと思いますよ。

  4. 六道仙人 より:

    新潟から遥々滋賀県のニシケンさんの自宅で同席させて頂いたことは、昨日のことのように覚えております。

    男子部顕正会員幹部と、婦人部顕正会員幹部がやって来て、そのバトルの迫力さには自分はほとんど口を挟むことは出来ませんでした。固唾を飲んで成り行きをただ見守っていただけで、自分は大して役には立ってませんでした。バトルが終わりを迎えて、そのあとはニシケンさんの自宅にあった顕正会版の本尊を特別布教区の御坊に持参して、全員がおきしみを口にくわえて、その場面は実に昨日のことのように覚えております。

    これは、おそらく顕正会を根底から、大きく覆す重大場面に居合わせているのでは…と思ったものです。またあの場にいた全員が、そういうヒシヒシとしたものを感じていたんではなかろうか?とピーンと張り詰めた空間だったことは、これもまた昨日のことのように覚えております。

    • 桜梅桃李 より:

      六道仙人さんへ

      あの日のことは私も未だに生々しく記憶に残っております。

      何も知らずに座談会をやりに来た婦人部の総班長(もっと上だったか?)さんに、

      「顕正会の本尊はニセモノみたいなんですけど、この場で本物と見比べてみましょうか?」

      と言ったら、

      「本尊が本物だろうとニセモノだろうと構わないの!私は浅井先生を信じているんだから!!!」

      と返された時は開いた口が塞がりませんでしたよね…。

      「本尊がニセでもいいって、どういうことだ!!!!」

      と言って手に持っていた顕正新聞でバンバンとテーブルを叩いたら、

      「その新聞で叩かないでください!」

      なんてヒステリックに叫んできたりして…。

      後にも先にもあれ以上の修羅場は未だに無いです。

      最後になりましたが、イトマンさんに来てもらったのは、顕正会員さんが逆上して私が持参した本物の日寛上人御形木御本尊に手をかけようとしたら体を張って阻止してもらうためだったのです。

      幸にも手を出す人はいませんでしたが、もし手を出していたら一瞬でKOされていたでしょうね。

  5. ニシケン より:

    こんにちは。お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。あれから早10年になりますね。顕正会で積んだ罪障が大きかった故か辛い事も沢山ありました。それでも家族仲良くやってこれたのも正しい信心のおかげと思っております。これからもよろしくおねがいします。イトマンさんもありがとうございました。また、大石寺でお会いできるのを楽しみにしています。

    • 桜梅桃李 より:

      ニシケンさんへ

      御無沙汰いたしております。

      確かにあれから10年近い歳月が経つのですね…。早いものですね…。

      あの時の状況は未だに生々しく記憶に残っているのですが、お昼を御馳走になった奥様の手料理がすごく美味しかったのもまた異常に記憶に残っています。「ニシケンさんが恰幅が良いのも、奥様の料理が旨いからだな…、うん…。」なんて妙に感心して帰ってきたものでした。

      罪障消滅は本当に命がけですね…。色々と大変なこともあるかと思いますが、必ず乗り越えられるものだと思います。私もまだまだ大変ではありますが、そう信じてやっています…。お互いに頑張りましょう。

      またお会いできるのを楽しみにしています。

  6. しろつめ草 より:

    顕正会ノスタルジア⬅ブログさんに
    小田原地震の際のペテンが書かれていました。
    社会問題になったようです。

    ご覧の上、拡散下さい。

    • 桜梅桃李 より:

      しろつめ草さんへ

      コメントありがとうございます。

      瑠璃堂さんのブログ拝見してきました。

      いやはや懐かしいですね。私もあの時地震対策をあれこれこうじました。

      タンスや食器棚につっかえ棒をしたり、車に水や食料を積み込んでおいたり…。

      結局その時は役にたちませんでしたけど、東日本大震災の時はそのつっかえ棒が本領を発揮しました。  

      顕正会で費やした時間は一見無駄なように感じますが、こうやって考えると役にたっていることもあるんですよね。

      特に顕正会から法華講に移った人は顕正会で折伏の訓練を受けていたり、短いですけど勤行をしていましたから、意外とすんなり入っていけたりするんですよ。

      ネガティブに考えるとストレスがたまりますから、できるだけポジティブに顕正会時代をとらえていくように私はしております。

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