御戒壇説法

御虫払いと御大会の二大行事では、御開扉のおりに戒壇の大御本尊様の由来についての御説法が御法主上人猊下よりございます。これを御戒壇説法といいます。

本来これは活字化されませんが、第56世日応上人の時代に活字化されたことがございました。

ここに紹介いたしますので、顕正会の皆様におかれましては何度も何度も拝読をして、戒壇とは一体なんぞや、御本尊様とは一体何なのかということについて深く考えていただきたいと思います。

第56世 日応上人御戒壇説法

本門戒壇本尊縁由
緒言

煙雨鬱々として幽窓昏々たり幸いに客あり談偶ま、本門戒壇の大本尊の大事に及ふ、爰に於て余は初登山の信徒に對して歴代の貫主が宣示せる戒壇の大本尊の縁由を陳ふ彼れ言々句々之を謹聽して歡喜惜く能はず而して是を刊行して廣く信徒に示されんことを請ふて止まず、故に余は之を快諾し文飾も省き形容も除きて其の言談の儘を上梓することゝなしぬ。

大正八年十二月         著 者 識


本門戒壇の大本縁由
 
本門戒壇の大本尊縁由     大石日應 述


抑も此の戒壇の大御本尊様は、豫て聞及ばるるが如く實に佛法の根源宗旨の肝要釋尊出世の本懐、聖祖一斯の大事末法の一切衆生即身成佛の大導師にて渡らせ玉ふなり、夫れ經文に諸佛世尊唯以一大事因縁故出現於御説なされ其の一大事の因縁と者衆生に佛の知見を開かしめんと欲し衆生に佛の知見を示さんと欲し衆生に佛の知見を悟さしめんと欲し衆生をして佛の知見の道に入らしめんと欲するが故に佛世に出現し玉ふと、其の佛の知見と者吾人衆生即身成佛の導師たる此の御本尊の御事なり、夫れ釋尊の所説廣しといへども諸經中王最爲第一と御説なされ一切經の中には此の法華經々々々廿八品の中には本門壽量品々々々々々の中には唯文底祕深の此の御本尊第一なり故に、開目鈔の上に一念三千の法門は但法華經本門壽量品の文の底に秘し沈め玉へり等と宣へり、他宗は暫く置き、日宗各派種々區々に分るといへども宗旨の肝要とする處は唯一にして本門三大祕法なり、若し爾らずと云はゞ日蓮宗には非らざるべし、其の三大秘法と者所謂本門の本尊本門の戒壇本門の題目なり。


法華取要鈔(一〇四二)に云く、問云如來滅後二千餘年龍樹天親天台傳教所殘秘法何者答云本門本尊戒壇題目五字也等と宣へり、如此名は三つありといへども其の本體は只だ一箇の此の御本尊なり是を本門の本尊と稱す、此の御本尊所住の處は當知是處即是道場と説て則ち本門戒壇の靈地にて眞の靈山事の寂光土なり、此の御本尊の題目たる南無妙法蓮華經を口唱信行し奉て無相極理の佛果に至るを本門の題目と號す依て妙樂大師の云く尋聲色近名到無相極理と釋し玉ふは是なり、然らは則ち三大祕法の名は三ツありといへども其の本體は只だ一箇の此の御本尊に留るなり。


又後五百歳中廣宣流布の金言虚しからずんば上一人より下萬民に至るまで此の三大祕法を持ち奉る時節あり此を事の廣宣流布と云ふ其時 天皇陛下より勅詔を賜はり富士山の麓に天母が原と申す曠々たる勝地あり茲に本門戒壇堂建立有て日本乃至一閻浮提の一切衆生即身成佛の戒體を受得する處の尊極無上の大本尊なり依て、

三大祕法鈔(二〇五三)に云く、戒壇と者王法冥佛法佛法合王法王臣一同三祕密の法を持て有徳王覺徳比丘の其乃往を移末法濁惡未來持勅宣並御教書を申し下して尋似靈山淨土最勝地可建立戒壇者歟可待時耳事戒法と申は是也三國並一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王帝釋等も來下して蹈玉ふべき戒壇なり等と宣へり。

此の聖判に聞ふる如く時機到來せば 天皇陛下は勿論諸天等も來下して此の御本尊の寳前に於て三皈戒を受け玉ふ處の尊無過上の大本尊なり、然るに宿縁深厚にして時未だ到らざるに是を信行し奉ると云ふ事は誠に冥加至極有りかたき事よと随喜渇仰信心に拜し奉るべき事なり。


時に戒壇建立は宗門の一大事なり既に藥王菩薩の應作天台大師は像法の中末漢土に出現し玉ふて圓惠圓定をば弘め玉ふといへども圓頓戒壇の大事をば御在世に成就し玉はず二百餘年の後天台の後身傳教大師として日本國に出現し桓武天皇の御皈依によつて比叡山に迹門の戒旦を建立し日本國中の諸宗を歸伏せしめ諸寺諸山を悉く叡山の末寺として法華迹門の廣宣流布せしめ給ひたり。


又吾祖日蓮大聖人も暫らく本地自受用報身の御内證を隱して外用本化上行の再誕として本門の本尊本門の題目をば弘め玉ふといへとも本門戒旦の一事をば御在世に成就し玉はず此の戒旦の一事をば例せば教主釋尊本化迹化微塵恒沙の大菩薩在すといへとも獨り上行菩薩に附屬し玉ふが如く宗祖亦六老中老等數輩の御弟子在すといへども獨り吾が開山白蓮の阿闍梨日興上人に附屬し玉ふ、其證御遺状に云く、


一期弘法鈔(二百〇五)日蓮一期弘法白蓮阿闍梨日興附屬之可爲本門弘通大導師也國主被立此法者富士山本門寺戒旦可被建立也可待時而已事戒法謂是也、就中我門弟等可守此状也。

弘安五年九月日 日蓮

血脉次第日蓮日興


此御遺状に日蓮一期の弘法と者此の御本尊は我祖大聖人二千餘年の其の乃往地湧千界の上首として天竺靈鷲山に於て教主釋尊より相承し玉ふ處の大法にして宗祖大聖人出世の御本懐なるが故に日蓮一期の弘法と云ふなり。


是を白蓮阿闍梨日興に付囑し事の廣宣流布の時富士山に本門戒壇を建立すべし就中我が門弟たる者此状を守り少しも違背すべからずと制誡し玉ふなり故に、

三大祕法鈔(二〇五四)に云く此三大祕法は二千餘年の當初地湧千界の上首として日蓮慥に教主釋尊より口决相承せしなり今日蓮が所行は靈鷲山の稟承に芥子の相違もなく色も替らず壽量品の事の三大事なり乃至法華經を諸佛出世の一大事と説れて候は此三大祕法を含みたる經にて渡らせ玉へばなり可祕々々等と云云。


されば、開山日興上人も亦本六新六等の數多の御弟子在すといへども嫡弟新田卿阿闍梨日目上人に付囑し給ふ其證日興上人より日目上人へ譲り給ふ時の御遺状に、

日興跡條々の事

一、本門寺建立の時は新田卿阿闍梨日目を座主として日本乃至一閻浮提の内に於て山寺等の半分は日目嫡子分として可爲管領所殘半分自餘之大衆等可領掌之

一、日興宛身所給弘安二年の大本尊日目相傳之可奉掛本門寺也。

一、大石の寺は云御堂云墓所日目管領之加修理致勤行可待廣宣流布也云云

此の御遺状に日興が身に宛て給る所の弘安二年の御本尊とは即ち此御本尊の御事なり此の御本尊は、蓮祖大聖人御年五十八歳弘安二年十月十二日に御書顯遊され本門弘通の大導師として開山上人に給るが故に日興が身に宛てゝ等と宣ひしなり、是を日目上人に相傳す廣宣流布の時本門寺の戒壇堂に掛け奉る可きと云云。


大石の寺は御堂と云ひとは、此の御本尊並に最初佛在す故也、次に墓所と云ひとは御生骨御灰骨在す故也、丑寅の勤行怠慢なく専ら事の廣宣流布の時を待奉るべしとなり、然るに此の御本尊所住の處は何國何方にても眞の靈山事の寂光土にして此砌りに望まん輩は旡始の罪障立所に消滅し三業の惡轉じて三徳を成ずるなり。


南條兵衛七郎殿御返事に云く、教主釋尊の一大事の祕法を靈鷲山にして相傳し日蓮が肉團の胸中に祕して隱し持てりされば日蓮が胸の間は諸佛入定の處也舌の上は轉法轉の所喉は誕生の處口中は正覺の砌なるべし、かゝる不思議なる法華經の行者の住所なればいかでか靈山浄土に劣るべき法妙なるが故に人貴く人貴きが故に所尊しと申すは是也神力品に云若於林中若於樹下若於僧坊乃至而般涅槃云云此砌に望まん輩は無始の罪障忽に消滅し三業の惡轉じて三徳を成せん等と云云。


如是の不思議の功徳在す所以は此の御本尊は三世十方の諸佛の御師範父母主君にて在す故也、涅槃經に云く諸佛の所師所謂法也是の故に如來恭敬供養以法常故諸佛亦常なりと説せられ、普賢經に云く此大乗經典諸佛の寶蔵十方三世諸佛眼目出生三世諸如來種也等と宣ひ、又此方等經是諸佛眼諸佛因之得具五眼佛三種身從方等生是大法印涅槃海如是海中能生三種佛清淨身此三種身人天福田應供中最也等とも説玉へり、此大乗經典方等經と者法華經の事なり、法華經の中には下種本因妙にして即ち此の御本尊の御事なり。


妙法曼荼羅供養鈔に(九二五)此の妙法の曼陀羅は文字は五字七字にて候といへども三世の諸佛の御師一切女人成佛の印文也冥途にては燈となり死出の山にては良馬となり天には日月の如く地には須彌山の如し生死海の舟也成佛得道の導師也と云云。


而して又此御本尊には諸佛諸菩薩の萬善萬行諸波羅蜜の功徳を悉く皆具足し玉ふなり、故に此御本尊を受持信行し題目口唱し奉れば速疾頓成することを得るなり、無量義經に云く雖未得修行六波羅密六波羅密自然在前と、法華經には欲聞具足道と云云、大聖人此等の經文の意を、觀心本尊鈔に示して云く、文の意は釋尊因行果徳の二法を妙法蓮華經の五字に具足す我等此五字を受持すれば自然に譲與彼因果功徳四大聲聞領解云旡上寶樹不求自得等と宣へり。


此御本尊は我等凡眼には只金色の文字と拜し奉るといへども佛種純熟せる人の爲には久遠元初自受用報身旡作三身如來即宗祖日蓮大聖人の御魂魄と拜ませ玉ふべきなり、夫れ經王御前御書に云く、日蓮がたましいをすみにそめながしてかきて候ぞ信じさせ給へ佛の御意は法華經なり日蓮が魂は南無妙法蓮華經にすぎたるはなしと御意遊ばす、爾れば此の御本尊は久遠の本佛日蓮大聖人の御魂で御本體なるか故に直々靈山に詣でゝ生身の日蓮大聖人様へお目見し奉る事よと存じて臨終の夕べ迄も忌れ奉らざる樣に信敬すべきなり。


所詮成佛の本種と云は此御本尊の外には曾て之れなし、觀心本尊鈔に(九四二)云く在世の本門と末法の初は一同に純圓也但し彼は脱此は種也彼は一品二半此は但題目の五字也と又秋元鈔に(一九三〇)云く種熟脱の法門は法華經の肝心なり三世十方の佛は必ず妙法蓮華經を種として佛に成り給ふ也と、又上野鈔に云く今末法に入ぬれば餘經も法華經も詮なし、但南無妙法蓮華經なるべし乃至此南無妙法蓮華經に餘事を交へばゆゝしき僻事なり日出ぬれば燈び詮なし雨降るに露は何の詮かあらん嬰兒に乳より外の物を可養良藥に又藥を加ふることなかれと御意遊ばせり、爾れば此の御教誨に任せて正直捨方便不受餘經一偈と此御本尊を信して南無妙法蓮華經と口唱し奉れば即身成佛當體の蓮華を證得せんこと毛頭疑ひなし。


當體義鈔(一二三四)に云く正直に捨方便但信法華經南無妙法蓮華經唱人煩惱業苦の三道法身般若解脱の三徳と轉じて三觀三諦即一心にあらはれ其人處住の處は常寂光土也能居所居身土色心倶體倶用旡作の三身本門壽量當體蓮華佛と者日蓮が弟子旦那等の中の事也是即法華當體自在神力の顯るゝところの功能なり敢て不可疑々々々

又次下に云く、然るに日蓮が一門は正直に捨權教邪法邪師邪義正直信正法正師正義故に當體蓮華を證得し常寂光當體妙理を顯す事は本門壽量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華經と唱るゆへなりと、又日女鈔(一六二六)に云く此御本尊も只信心の二字に納まれり以信得入とは是也日蓮が弟子旦那等正直捨方便不受餘經一偈と旡二に信ずるゆへにより此の御本尊の寳塔の中へ入るべきなりたのもしたたもしいかにも後生をたしなみ玉ふべし穴賢々々南無妙法蓮華經と斗り唱へて佛になること最も大切なり信心の厚薄によるべきなり佛法の根本は信を以て源とする等と宣へり。


抑も大聖人御眞筆の御本尊は日本國中の諸寺諸山に數幅有りといへども夫は只一人二人一郷一村に與へ玉ふ一機一縁の爲の御本尊なり、此の本門戒旦の大本尊は總て法華經を持ち奉る日本國の一切衆生は勿論五大州並に一閻浮提の一切衆生懺悔懺罪を祈るべき道場へ廣宣流布の砌り掛け奉る設けとして下し置かれたる大本尊也依て此御本尊の御判の下に、右現當二世の爲造立如件本門戒旦の願主彌四郎國重法華講衆等敬白弘安二年十月十二日と御認め之れ有り、此の法華講衆等の五字に意を留めて拜すべきなり。


故に當宗に於て授與する處の御本尊は一切衆生に下し置れたる此の御本尊の御内證を代々の貫主職一器の水を一器に瀉すが如く直授相傳の旨を以て之を瀉し奉り授與せしむる事なれば各の其持佛堂に向ても直に此の御本尊を拜し奉る事よと相意心へ受持信行する時には其處直に戒旦の靈地事の寂光土なる程に臨終の夕までも此御本尊を忘れ奉らざる樣に致さるべきなり、爾れば則ち即身成佛は决定疑ひなきなり。


此の御本尊は末法萬年の外盡未來際迄も御利益あらせらるゝ事なれば紙にては後世朽ち果ん事を歎かせ給へて楠の厚き板に御認め遊ばされ彫刻をば御弟子中老僧和泉公日法に仰せ付られ日法上人此の彫刻の褒賞として有職を彫尅阿闍梨日法と下し置れたるなり、日法上人此御本尊彫刻の砌り宗祖滅後の弟子旦那等は大聖人の尊容を拜し奉らざることを嘸々歎くならんと思召して此御本尊板の切端を以て大聖人の尊體を一體三寸に彫刻し奉り大聖人の御剃髪を化て灰となし薄墨の衣白五條の袈裟に彩色申上大聖人の尊覽に備へければ大聖人是を左の御手の上に据へさせられ玉ひて熟々御覽遊ばされ莞爾と笑を含ませ給ひて能く我が姿に似たりと印可し玉ふ御影樣世間流布の假名書の御傳記に大聖人造初の御影富士大石寺に在りと記されたり、則御本尊の東方の御宮殿に安置し奉るなり當山に於ては最初佛と称し奉るなり。


又御本尊の西の方寳塔に在すは大聖人御年六十一歳弘安五年壬午十月十三日武州池上右衛門大夫宗長舘に於て御入滅御遺命に任せ御火葬申上たる御灰骨なり兩樣共御本尊閉帳の後拜見に入るゝことなり、開山日興上人御遺命に隨ひ蓮祖入滅の後身延山に七ヶ年在住し給ふ處地頭波木井入道日圓侫人譫者に惑はされ四箇の謗法重疊せるに依て日興上人之を歎かせ玉ひ再三再四諫め玉ふといへども用ひざるが故に斯る謗法の地には大聖人御神ひ住し玉ふべからず豫て御遺命にも地頭不法ならん時は我魂ひも此山に住すべからずとの御意なるが故に強て爭はず大聖人より付囑せらるゝ處の御靈寶を殘らず所持し給ひて當山へ引移らせ玉ふなり其の際持參給ふ由諸正敷御眞骨なり、其證大聖人より日興上人への御遺状に云く、


釋尊五十年の説法相承白蓮阿闍梨日興可爲身延山久遠寺別當也背在家出家共輩可爲非法衆也。

弘安五年十月十三日 於武州池上日蓮


右御遺誡遊ばされ先きの一期弘法抄をば別付囑とも身延山相承とも號し此遺状をば惣付囑とも池上相承とも號す此二箇の御相承明白なるが故に六老僧等爭ふことなく、大聖人御入滅の後日興上人身延山に七ヶ年在住し玉ひしなり、然れは大聖人並に日興上人此御本尊を守護して身延山に在し玉ふ時迄は實に彼の山は寂光土にも劣らず靈山にも勝るべき道理なり。


然るに彼の處は謗法の地となり波木井に還して立退き玉ふ已後は只是れ元の山中なり靈山にもあらず寂光士にも非るなり、三大祕法の隨一たる此戒壇の御本尊所住の處は何國何方にても靈山會上寂光の寳刹なり、况んや富士山は是れ閻浮提第一の名山なるに於てをや。


若し爾らば此の靈場を踏み奉らん輩は無始の罪障忽ちに消滅し三業の惡轉じて三徳を成じ妙法當體の蓮華佛とならんこと少しも疑ひなきことなり、然るに未だ事の廣宣流布の時節も至らずして 天皇陛下も未だ拜み給はざる已前に各々旁々には恣に此大御本尊を受持信行し奉ること誠に以て宿縁深厚の幸ひ實に世に比類なき果報いみじき身の上なる程に必らず此義緩がせに思ふべからず一向謗法の念慮を絶して臨終の夕べまでも忘れ奉らざる樣に信心に拜し奉るべき事肝要なり南無妙法蓮華經々々々々々々々。


大正八年十二月 日   總本山五十六世日應判
奥付

大正八年十二月二日印刷
大正八年十二月五日發行       (非賣品)

東京市麻布區我善坊町五十潜龍閣
著 者        大  石  日  應
東京市麻布區我善坊町五十潜龍閣
發行兼編輯人    松  本  諦  雄
東京市京橋區西紺屋町二十七番地
印刷所    株式會社 秀  英  舎
發行所   東京市麻布區我善坊町五十    潜   龍   閣

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