第一回正本堂建設委員会の砌り

御法主上人猊下お言葉

今回池田会長の意志により、正本堂寄進のお話がありましたが、心から喜んでそのご寄進を受けたいと思います。

つきましては、皆さまの種々なご意見、建設の工程におけるご意見等うかがい、また各方面からの意見を取り入れたいと思っております。

そこで委員会を設けて、より多くの意見を入れて、歴史上未曽有なる正本堂の建設を行なっていきたいと考えております。

今回初めて、お集り願った委員会はこのメンバーで構成することになりました。

さて正本堂についていちばん重大な問題は、どの御本尊を安置申し上げるかということでございます。過日来いろいろなところで質問され、またこちらにも問い合わせがきておりますが、それに対して、私ははっきりした答えをせず、ばくぜんとしておいたのであります。

いよいよ、きょうこの委員会が開かれるにあたって、初めて私の考えを申し上げておきたいのであります。

大聖人より日興上人への二箇の相承に「国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」とおおせでありますが、これはその根源において、戒壇建立が目的であることを示されたもので、広宣流布達成のための偉大なるご遺訓であります。

これについて一般の見解では、本門寺のなかに戒壇堂を設けることであると思っているが、これは間違いであります。

堂宇のなかのひとつに戒壇堂を設けるとか、あるいは大きな寺院のなかのひとつに戒壇堂を設けるというのは、小乗教等の戒律です。

小乗や迹門の戒壇では、そうでありましたが、末法の戒律は題目の信仰が、すなわち戒を受持することであります。よって大御本尊のおわします堂が、そのまま戒壇であります。したがって、大本門寺建立の戒も、戒壇の御本尊は特別な戒壇堂ではなく、本堂にご安置申し上げるべきであります。それゆえ、百六箇抄には「三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり」と大聖人のお言葉が、はっきりご相伝あそばされております。

また同じ百六箇抄の付文に「日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為す可きなり」と、こう明らかにされておるのでございます。

したがって、その曼荼羅を現在では大石寺の本堂にご安置することが、もっともふさわしいと思うわけであります。戒壇の大御本尊は大聖人ご在世当時、また日興上人がいらした当時、身延山で本堂に安置されていたものであります。

また当時は大聖人のおいでになるところが本堂であり、ご入滅後は御本尊のおわしますところが本堂となってきたものであります。そして本堂で御本尊に信者が参拝したのであり、大聖人ご在世当時、身延へ参拝しにきたのは、信者だけですから、だれでも直接に御本尊を拝めたのです。したがって今日では、戒壇の御本尊を正本堂に安置申し上げ、これを参拝することが正しいことになります。

ただし末法の今日、まだ謗法の人が多いので、広宣流布の暁をもって公開申し上げるのであります。ゆえに正本堂とはいっても、おしまいしてある意義から、御開扉等の仕方はいままでと同じであります。したがって形式のうえからいっても、正本堂の中でも須弥壇は、蔵の中に安置申し上げる形になると思うのでございます。 正本堂の建立地につきましては「大御本尊は客殿の奥深く安置する」という御相伝があります。

以前に前会長戸田先生とお話したさいに、正本堂は御影堂の後ろに建立したいということが話にのぼりまして、もしなんだったら地下道を造ってもいいではないかと、戸田先生がいわれております。その話は事実上具体化されませんでした。

本日池田先生は、客殿の裏の線と、御影堂の裏の線とが一致する点がある。そこに正本堂を建立したいといわれておりました。これは以上の意味からも、まことにけっこうなことであると思います。

客殿の前には勅使門がございます。今日勅使門と申しますと、誤解する人がおり、さまざまな批判をしていますが、これは国主といって、民主時代でありますので、その中心になる人が通る門のことです。民主主義の時代であっても、一国の中心人物はとうぜん決まるはずで、その人が開く門のことです。

その客殿の前の不開門=勅使門=それから客殿、その奥が正本堂と、理想的な建設となるのでございます。

それから北山にある棟札の件は、いわゆる「法華本門寺根源 垂迹堂 御影堂」の三堂の棟札のことがありますが、この形式は本宗ではとりません。

日精上人は家中抄で「国主御帰依の時は両堂を再建して額を本門寺と打つ」といわれておりますが、このことは日有上人のころより、御影堂の左(向かって左)に御本尊堂を造られたことが、文献にうかがえます。

さらにその後の本尊堂(旧御宝蔵)の改築の時と、日精上人の御影堂改築の時の移動により、現在は位置がずれているのでありますが、それからしても、日精上人の両堂建立のお考えも同じであることがわかります。

しかし、じっさいには将来もっと大きく考えて、この地に大正本堂ができたならば、天母山になんらかの建物を造ってもよいと思われます。

今回は要するに、この正本堂建立をめざして全力をそそぎ、僧俗一致して偉大な世界的建築となる正本堂を造っていただきたいと思うのでございます。

もしこの建立にあたって、少しでも傷がつくようなことがあれば、それは宗門あげての恥にもなりますので、全力をあげて建設にあたっていただきたいと念願いたします。

(大日連 昭和40年3月号 9~12ページ)

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