本当の破門理由

浅井さんの間違いはどこにあるのか?

結論から申しましょう。

浅井さんの主張は確かに間違ってはいなかった。しかしながら、その主張をなすために力をもって同じ信徒の立場である学会を攻撃し、それを制止しようとする御法主上人ならびに宗務院の指示に従わなかった。この行為は大聖人様の仏法を信仰する信徒として非常に問題なのであり、破和合僧に該当する。

御宗門はそれでも何とか妙信講を教導しようと努力したが、昭和49年それもついに諦め浅井さんの頭を冷やすための措置としての講中解散処分を宣告された。

しかしながら浅井さんは反省するどころかさらに頭に血が上り学会本部を襲撃し、まったくの反省無き姿に御宗門は浅井さんを始め首謀者33人を除名処分にした。

なお、上記除名処分に該当しない者も8月12日からの60日以内に指定された末寺への移籍を完了しなければ信徒資格の喪失を伝えられた。

そしてここに妙信講は昭和49年10月半ばをもって完全に破門となったのです。

ここで問題なのは、上記赤字で示した「宗内の僧俗に対する攻撃」ということでございます。

これは絶対に許されない…、それをすれば大変な業を積む…。こういったことは現在の顕正会員さんには全く理解できない事でしょう。しかしながら知ると知らざるとに関係なく業は積まれてしまうのです。それが仏法の大変に恐ろしいところであり、それゆえに当時の御宗門はたとえ浅井さんの主張が正しくとも、その行為を放置すれば浅井さんのみならず多数の講員までをも堕獄へと導かれる…、それを阻止するためにこれらの毅然たる処置をなされたものと思われます。

以前より何度も口が酸っぱくなるほど言っておりますが、妙信講破門の理由は「御遺命の戒壇の正義を主張したから」ではありません。それを主張するために御宗門の制止を無視して同心の者を攻撃し、更には御法主上人の教導にも従わなかったからです。

青字で示したところが浅井さんが会員に教え込んでいる破門理由ですが、事実は赤字が破門理由なのです。

しかしながら顕正会の方々とお話しすると必ずと言っていいほど「宗門は御遺命を破壊したのである。」というところから話はスタートするのですね。

実際には昭和45年の段階で正本堂を御遺命の戒壇とみることはなくなりました。たしかに訓諭以後は将来においては正本堂が御遺命の戒壇に昇格する可能性を残したものになってはおりましたが、それは学会を慰撫教導するためのものであり、日達上人の御本意がそこにないことは妙縁寺御下向の際に浅井さんは直にその耳で確認していることです。

このように戒壇論を理由に浅井さんを破門することは当時の御宗門においてはあり得ない事なのです。

これらを裏付ける資料は、折伏理論書242ページにある日達上人が浅井さんに渡すよう松本さんに託された手紙の全文を拝読すればだれでも理解ができます。 243ページにはその冒頭と一部が掲載されていますが、例の如く浅井さんに都合の良い部分だけをピックアップしたものになっております。しかし、この隠された部分に猊下の御本意が書かれており、それを無視して暴走したが故に最後には破門を招いたのですね。

「宗内の僧俗に対する攻撃」に関しては少し後に置いといてまずはこの全文を見てみましょう。

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コメント

  1. 暖楽鳥 より:

    こんにちは!
    いつも、暖かいコメントありがとうございます。
    そして、真実をわかりやすく掲載してくださり、勉強になります。

    私にとっては、殆ど全てが初耳です☆
    今後とも、宜しくお願い致します(^-^)

  2. 桜梅桃李 より:

    暖楽鳥さんへ

    コメント有難うございます。

    私もこちらに来て知ったことばかりなんですが、とにかく顕正会では知りえなかったことがあまりにも多すぎて正直びっくりしたというのが真実です…。

    その一部でも現役の顕正会員さんに伝わればと思って日々書いております。

    これからもよろしくお願いしますね。

    最後になりましたが、暖楽鳥さんと私は「曽祖父とひ孫」の関係にあるのです…、実は…。何を言っているのか分からんと思いますが、詳しくはIさんかWさんに聞いてみて下さい。(^^)

    • 暖楽鳥 より:

      顕正会には、感謝してる部分もあるんです。だって、大聖人様の仏法と巡り会わせてくれたから!
      そうでなければ、お寺の門は叩かなかったと思うんです☆
      こうして正しい心行に導かれたのも、使命だと思うので、私も、私らしく伝えて行きたいと思います。 

      よくわからないですけど、私、孫になるのかな??
      おじいちゃん、これからも、宜しくお願い致します(*^^*)

  3. 桜梅桃李 より:

    暖楽鳥さんへ

    確かにそうですね。無宗教だった私が大聖人様の仏法を知り得たのも顕正会があったればこそなんです。そういった意味では私も感謝しております。

    その感謝の思いを、一人でも多くの顕正会員さんを正法に導いてあげるという形で御報恩してまいりましょうね。

    最後になりましたが、

    私→いとまんさん→六道仙人さん→暖楽鳥さん

    という流れなんです。暖楽鳥さんから見ると、親が六道仙人さん、お爺ちゃんがいとまんさん、で、私がひい爺さんになってしまうんです…。

    • 暖楽鳥 より:

      なんてことだ…。
      親不孝な仏弟子にならないように、励みます!!

      顕正会では、直接の先輩には、メチャクチャ反発してました。
      おばちゃんにあたる、総班長に、いつも優しく指導され、徐々におとなしくなったのを思い出してしまいました。

      宜しくお願いします☆

  4. 桜梅桃李 より:

    暖楽鳥さんへ

    日蓮正宗では「師弟相対の信心」という考え方がございます。在家を師匠とする学会や顕正会では今一つピンとこないかもしれませんが、この場合の師匠とは大聖人様ならびに血脈を受けられた御法主上人がそれにあたります。そして我々信徒に於いては御法主上人猊下から任命を受けたそれぞれの末寺の御住職様が直接のお師匠さんとなるんですね。

    ですから暖楽鳥さんのお師匠さんは所属寺院の御住職様なんです。詳しくは以下の正林寺様や慈本寺様のサイトを読んでみて下さい。

    http://blog.goo.ne.jp/shourinzi1972/e/207eec038acf9eeb7c512dd9a1e30842

    http://www.jihonji.net/oko215.html

    それを認識した上での話なのですが、たしかに御僧侶と信徒という師弟関係を大切にすることは重要なことなのですが、それだけに意識を集中してしまい教化してくれた信徒さんを軽視すると誤った方向に行ってしまうものです。

    布も縦の糸と横の糸が互いに織り合ってこそはじめて布としての用をなすのであり、縦の糸だけでは縄のれんのようにしかなりません。

    横の糸とはすなわち信徒同士のつながりであり、麗しい信頼関係と協力体制がそこに構築されているならば、縦の糸と横の糸が完全に織り合って大きな布となり、多くの人々を包み込むことになることでしょう。…、なんだか中島みゆきさんの「糸」みたくなってしまいましたが、そういったことなんです。

    ですから皆さん仲良く、とりわけ六道仙人さんには感謝の気持ちをどこかに持ちつつ頑張ってみてください。

    なお、暖楽鳥さんもどこかで書いておられたと思いますが、彼には自前のブログを開設してもらった方がベストだと思います。

    • 暖楽鳥 より:

      色々とありがとうございました。
      寺院の皆さんには、親切にしてもらい、何の心配もなく信心させてもらってます。
      わからない事は、御住職様にお聞きして、たくさんの顕正会員を救って行きます!

      • 桜梅桃李 より:

        暖楽鳥さんへ

        猊下様は常々“異体同心の大事”を説かれておられます。

        皆さん意外とこのことは耳にタコ状態でスルーしてしまいがちなんですが、本当に異体同心出来たとき、そのお寺は諸天善神の御守護と御本尊様の御加護により、我々凡夫の予想をはるかに超える護られ方をするんです…。まさに神風が吹く…といったような…。(この方程式は各家庭でも同じことが起きます。)

        これは私の個人的な考えではありますが、大聖人様が広宣流布のみを御遺命とはせずに、その後に戒壇を建立せよと遺されたのは、この本当の意味での異体同心の効力を皆が認知し、そして実現し、日本という国家規模での御守護を現実に起こしなさい。との御命令だと思っております。

        それをお寺単位という小さな規模で実際に体験できますから、これからもお寺の皆さんと仲良くして頑張って下さいね。

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