「対決申し入れ書~最後に申すべき事」に関して

平成17年3月より同年8月に至るまで、顕正会々長浅井昭衛氏は当時の御法主上人であられる日顕上人猊下に宛てて無礼極まる書状を三度にわたって送付してきた。

その内容は既に御宗門として決着のついているものばかりではあったが、浅井氏の書物しか読んだことのない顕正会員ならびに不勉強な法華講員の一部には、御宗門に対する憎悪の念を起こさしめるに余りあるものであった。

対決申し入れの本当の理由

浅井氏は「基礎教学書」の中に於いてこの対決申し入れの理由として、

平成16年の諌暁書配布→御法主日顕上人猊下の「教師講習会」の発言→対決申し入れ

と述べるが、本当の理由はそこでは無いのである。

実は平成16年初頭に元壮年部長だった石井さんが顕正会を抜けて日蓮正宗に一家で帰伏された。(奥さんは女子部元区長であり、義理のお母様は婦人部の元支区部長であった。)

そのことを本部の知るところになったのが平成16年夏…。

石井さんを正宗へと導いたと疑われた私は小峰氏よりそれを理由に除名処分を通告される。

時を同じくして浅井氏は日顕上人の呼び方をそれまでの「日顕管長」から呼び捨てへと変更し、徹底的な正宗批判を展開し始める。

そして翌年3月にこの一連のパフォーマンスの開始となるのである。

顕正会崩壊の危機への対応策

浅井氏は「基礎教学書」において

「私は顕正会の命運を賭して事を一挙に決せんと、改めて阿部日顕の三大謗法を挙げて公開対決を申し入れた。」(基礎教学書 448頁)

と、こう述べる…。

しかしながら、これは後程詳述するが三大謗法なるものは相手にするのも馬鹿らしい戯言である。

それを浅井氏も十分に自覚してはいたはずだ。それでもこのようなパフォーマンスをせざるを得なかったのは、まさに上記マーカー部分に見て取れるようにこのまま何もせずに放置していたならば、顕正会は必ず崩壊する…。

それを何としてでも食い止めたい…。

この対決申し入れというものは、顕正会崩壊という危機に対応するために為した一大パフォーマンスだったのである。

対決申し入れの効果

浅井氏は「基礎教学書」において、この対決申し入れによって日顕上人は猊座を降りることになったとうそぶいておるが、実際には顕正会の方こそ痛い結果を招いたのである。

実はこの書が送りつけられる以前に於いて「対顕正会」の資料というのは妙観講の渡辺氏が書いた書籍くらいしか無かった。

もちろんその内容は非常に吟味されたものであり、新たに法華講員となった私のような元顕正会員にとっては唯一の参考書といえるものであった。

そんな中、浅井氏よりこれらの一連の書状に対応する形で計らずも御宗門としての「対顕正会公式見解」が宗内に示されたのである。

それはまさに最大の武器を日蓮正宗僧俗にあたえられたと言っても過言では無かった。

そして、その後は顕正会を脱会して法華講に入る者が後を絶たず、現在の顕正会は完全に失速してしまったのである。

まさに「藪をつついて蛇を出す」である…。

往復文書再考の意義

あれから12年の歳月が経とうとしている。

すでに顕正会の現役活動家の多くがこの文書の存在も中身も知らないのではないかと思う。

浅井氏も今年で86になるのではなかろうか…。どう甘く見積もっても顕正会のトップとして多くの会員を引っ張っていくのもあと2~3年が良いところではないか?

この時期にこの一連の文書を今一度確認しなおすことによって、顕正会の失速を更に早め、浅井氏に引導を渡すきっかけにもなるのではないかと私は思う。

非常に長い文章であるがゆえアップも長期に渡るとは思うが、顕正会の言い分の大部分を破折し尽くした唯一の書であるがゆえ、現役顕正会の皆様においては是非とも真剣に読んでいただけたらと切に願うものである。

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